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「例え毎日ちり紙を捧げてくださる鼻の恩人である猿飛さんの願いであろうと心と息が苦しいですがお断りいたします」

「いやいや女の子なんだから毎日同じ服でお風呂も水浴びもしないなんて駄目でしょうが」



 とある一件の後、大谷に拾われた女は、本人も偽名だと名乗る怪しい名前「ジョセフィーヌ三世」と皆に呼ばれるようになった。
 身ぐるみどころか生皮を剥いで川に叩き込めと吠える石田をなだめ、ジョセフィーヌ三世を近くに置くことを決めた大谷を諌めるものは出なかった。市の件もあり、傀儡のような人間を置くことでも趣味としているのだろうか、と猿飛は冷ややかに見つめる。

 そして、その罰か。猿飛はジョセフィーヌ三世の世話役をさせられていた。

 日々、大谷関連で鼻血を吹き出すジョセフィーヌ三世の血を拭う。今日は今日で、西軍に身を置いてから一回たりとも風呂に入らぬジョセフィーヌを苦言を呈していた。



「今まで隠していましたが男だったんです。これ以上近づいたら掘りますよ。痔になるのは嫌でしょう?」

「あーもう、ちょっと大谷さんからも言ってやってよ」

「ふむ、確かに最近ちと臭う。体を清めよ」

「大谷さんのお言葉でも素直に頷けません。私は未だ不審者として見張りをつけられている身。大谷さんの計らいで身体検査は免れているものの着替えも風呂も見られること間違いなしでしょう。私は肌を見られたくないのです、照れ屋さんなのです。日々恥じらいの鼻血を出しているので気づいていらっしゃるかもしれませんね」



 長々と、淡々と。よくも流水のように言葉がいくらでも出てくるものだ。猿飛は目を細め、感心する。
 嘘つきめ。自分のことを棚に上げ、内心毒づいた。



「剥いてもいいんだからね。武器を隠し持っているかもしれないし?」

「どうせ行く場所もありませんし、捨てる際は殺していただけると幸いです。形式は問いませんが苦しまない形で。死体はそのまま捨ててくださるか燃やしてください」

「ぬしを捨てるつもりは今のところない。まぁ内部を知ってしまったからには捨てるときには死んでもらうつもりよ。幸せであろ?」

「身に余る幸せでございます。ですからドッキリお着替えイベントも、お色気入浴シーンも割愛の方向でよろしくお願いします」


 恭しくお辞儀をするジョセフィーヌ三世は、大谷の脅しに怯えた様子は一切ない。それどころか、言葉通り幸せそうでもあった。
 大谷は、猿飛に見張りを解くよう指示をした。



「大谷さんともあろう人が何言ってんの。正直ここに不審者を置いている時点で異例なんだからね」

「知らなんだか。此処はぬしの屋敷ではない」

「……はいはい、わかりましたよ」

「猿飛さん、着替えは露出の無いものでお願いします。大谷さんの格好も魅力的ですが自分で包帯は巻けないので猿飛さんみたいな服装が好ましいです」



 ジョセフィーヌ三世の服は、現代でいうタートルネック。長袖は手首が締まったもので、更に綿の手袋をしている。下半身は足首まで覆う細身の袴とふくらはぎまで覆う足袋。顔以外の露出をしていない。顔も顔で、長い前髪によってほとんど隠れている。
 なにか隠していることでもあるのだろう。疑いつつも、猿飛は詮索することなく首をかしげた。



「着物も大して露出ないでしょ?」

「首の露出もしたくないのです。それに袖が開きすぎて油断すると手首が見えますし。猿飛さんともあろうかたがチラリズムをご存知ありませんか?」

「意味わかんない。ま、そんな露出したくないんなら甲冑でも着たら?」

「名案ですね。早速採用いたしましょう」





 暫くし、屋敷の中を闊歩する鎧に驚いた真田が、猿飛の名を叫んだ。がしょがしょ、と動くたびに甲冑独特の金属音がする。



「佐助ぇえええ! 屋敷に! 南蛮の甲冑が歩いておるぞ!」

「ジョセフィーヌ三世ちゃんだよ」

「なんと! 何故かような姿に」

「露出をしたくなかったんです。私は極度の照れ屋さん。直接目を合わせるだけで鼻血が出てしまうほどです。究極の恥じらいですよ」

「それは難儀でござるな」

「動きづらくはありますが、露出するよりはマシです。では石田さんにもこの姿を披露して反応を楽しんで参ります。では」

「さらばでござる!」

「猿飛よ、どうであった」

「……大谷さんも大概酷いよね。見張りを外せなんて嘘ついてさ」

「ヒヒッ、これも体を清めぬと駄々を捏ねるジョセフィーヌ三世の為よ」

「どうだか。まぁあの体は大谷さんの予想通りだったよ。よく分かったね、正直半信半疑だったから驚いちゃった」

「何、ぬしとは頭の出来が違うだけよ」

「本当、あんたって嫌な奴」





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