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小早川秀秋を西軍へいれる。ジョセフィーヌ五世の耳にも届いた情報は、西軍にどよめきを生んだ。小早川秀秋は、臆病で食い意地ばかり張った、とても大将の器にふさわしいとは思えない人間だ。だが、小早川の一万五千の兵は魅力的であり、単純明快な性格は恐怖で操るに容易い。
そんな話があり、十日ほど経った後、小早川が西軍集う屋敷へとやってきた。石田や毛利に怯える小早川が同じ屋敷に住まうなど到底無理な話ということで、二、三日滞在するだけだと小早川の隣で笑む僧は説明した。
ジョセフィーヌ五世は相変わらず大谷の尾行、と思いきや、珍しく自室にこもっている。それどころか押入れの中で布団を被り、膝を抱えている。まるで何かから隠れるような様子だ。
気にした大谷が何度か声をかけるも、鼻血を出すだけで、押入れから出る気配はない。
しかし、大谷の面倒事はひとつではない。小早川が来たことにより、石田の苛立ちが頂点へと達しかけていた。屋敷に来てから食べてばかりの小早川を鍋ごとぶっては、殺意を押し留めている。
「金吾の奴、相も変わらず飯、飯、飯……! むしろ前より酷い体たらくにすら見える! あの飯食い虫は食欲を秀吉様への恩に昇華させることはできないのか!!」
「やれ、落ち着け。金吾自体食べるところはなくとも、持つ兵は美味しいオイシイ。使ってやるのが得策よ」
石田を宥め、大谷は更にもう一つの面倒事に頭を悩ませた。
小早川の隣にいる僧、天海だ。僧にしては濃い血の匂いを纏う男は、行方不明になったある男を連想させる。だからこそ、さっさと小早川から離れさせておきたかった。
傀儡を操るのは一人だけでいい。大谷は、そして同胞である毛利も同じことを考えていた。
「ジョセフィーヌ五世どん、」
押し入れに隠れるジョセフィーヌ五世に声をかけたのは、今まで殆ど交流のなかった島津だった。これにはジョセフィーヌ五世も驚き、顔をあげる。
「その目に映るば、鬼か、夢か、天下か。大谷どんだけを見ているわけではなかね」
「突然如何されましたか。島津さんが自ら私に声をかけたことなど一度もなかったでしょうに」
「そりゃジョセフィーヌ五世どん、おいのこと怖いっちゅー顔しとる。鬼が怖いわけじゃあなか見えるが、気になっとったとよ」
「よく、お気づきで」
島津の言うとおり、ジョセフィーヌ五世は島津に怯えていた。といっても、島津の人間性が怖いわけではない。いかつい顔や、おらぶ声が怖いわけでもない。
「正直に申し上げますと、雷が苦手なのです」
同じ理由で、立花のことも内心怖がっていた。
理由を知った島津は目を丸くし、そうかそうかと嬉しそうに頷いた。納得する理由を得て、すっきりとしたからだ。
だが、丁度部屋の外で話を聞いていた大谷は、憮然としていた。今までジョセフィーヌ五世と会話していなかった島津が、大谷の知らぬジョセフィーヌ五世の情報を知ったからだ。自分で何が腹立たしいのか考えると、余計に腹が立つゆえに、姿を見せることすらできない。
「素直でよかよか! おいの雷が怖いとね!」
頷くジョセフィーヌ五世が、一瞬青ざめた。不思議に思い、島津が振り向いた先にいたのは、庭で焼いた芋を頬張る小早川と、その横で微笑む天海だ。
知り合いなのか、と問おうとジョセフィーヌ五世に向き直れば、既に布団の中へと隠れていた。