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一晩と半日が経ち、部屋から出てきた石田とジョセフィーヌ五世は心なしか満足気だ。大谷の良いところをどちらが多く言えるか、と、なんとも下らない戦いを終えた二人は、飲まず食わずの争いの後だというのに、すぐに日常へ戻ろうとした。
だが、大谷はそれをよしとしなかった。
鍛錬へと向かう石田と、狸への餌やりに行くジョセフィーヌ五世の頭上を、数珠が飛んでいく。糸があるんじゃないかと目を凝らす島の隣で、大谷は怒りの形相を浮かべていた。
「三成、ジョセフィーヌ五世、」
「な、友人思いで義を重んじる刑部! 邪魔をするな!」
「妖精のように清らかで美しくも愛らしい大谷さんの数珠に引きずられるとは光栄です。おかげさまで足だけでなく鼻血の跡が出来ておりますゆえ、ヘンゼルもグレーテルも道に迷うことはないでしょう」
「あ、まだ続いてたんスね」
「ぬしら、いい加減にせよ。三成、ぬしは西軍の大将としての自覚を持て。友でも義でもなく、太閤のために立ち上がったのであろ。ジョセフィーヌ五世、ぬしは……まぁ、よい。左近、ちり紙をもってきやれ」
「説教する前から諦めモードっすね、刑部さん! 島左近、ちり紙もってきまっす!」
余計なことを言うな。大谷から無言で睨まれ、島は慌ててちり紙を取りに走った。といっても猿飛の名前を呼んでいることから、ちり紙を持ってくるのは別の人間になるだろう。
大谷に叱られたことにより、石田は自らの立場を改めて認識したようだった。豊臣の名前、そして竹中の名前を大声で叫び、血の涙を流している。その横で、大谷自ら呼ばれたジョセフィーヌ五世は、感動で鼻血がとめどなく流れている。
正直に言ってしまえば、大谷はふたりの真っ直ぐな視線が苦手であった。自分に対する嫌悪や悪意が微塵も混じっていない、純粋な信頼と好意の視線。比較的大谷に懐いている島ですら猜疑が混じっているのだ。
大谷は自分の性格や、他人にどう見られているか、大体理解しているつもりだ。嘘つきで、意地が悪く、悪趣味。自覚はとうの昔からある。全てが病のせいとは言わないが、病に伏せてから、見た目にふさわしい性格へと歪んでいった。そして、大谷はそんな自分が不快だった。
だからこそ、自分を好く石田とジョセフィーヌ五世が信じられなかった。別の星に生きる人間かのように、到底理解ができず。振り回される日常を過ごしている。
「ジョセフィーヌ五世よ、ぬしはわれ以外の人間に興味がないのか。いや、それよりも何故われをそうも好ける。不思議よ、フシギ」
「大谷さん以外の生きとし生けるもの、全て色褪せて見えてしまうが乙女の常。大谷さんを好いている理由については、またいつか。島さんが帰ってこられました」
「猿飛さんお出かけみたいで、ちょー探したッスよー! ちり紙ってこれで良いんすよね?」
「よいよい、上出来よ」
「私も大谷さんに褒められるためにちり紙探してきますね」
「無駄な働きはせずともよい。ぬしと三成は早に食事と睡眠を済ませやれ」
鼻血を垂れ流したままのジョセフィーヌ五世と、血涙を流した石田にちり紙を渡し、大谷は大きくため息をつく。手綱は最低でも三本は必要そうだ。