21
手を何度もこすり合わせて、かじかむ指先を息で温める。背を丸めたまま、足踏みをする島左近に布団を渡したのはつい最近大谷に拾われた女であった。ひきずって持ってきたのか、端に土がついている。
あとで猿飛に怒られることを想像し、苦笑いしながらも、島はお礼を言って受け取る。胸元を曝け出すように着崩した着物だけだった島は、布団を被り、そのあったかさに顔を綻ばせた。
見知らぬ顔。名前すら名乗らぬ女は、そんな島をじ、と見つめた。自分が戻るのは、もっと暖かな季節だった。凍えるような寒さなど、正直忘れかけていた。
長曾我部に殺されたことがきっかけか。もしくは目の前の見知らぬ青年が原因か。理由を探る術を持っていない女は、いつものように素知らぬ顔で観察することしかできない。
無言で見られることに気まずさを覚えた島は、布団を広げて、照れくさそうに笑った。
「入る?」
「結構です」
「即答!? 寒いのに無理しないほうがいいっしょ。女の子が身体冷やしちゃまずいってば」
「シマサさんに触れたくありません」
「辛辣!」
触れたくない理由は別にあるのだが、女はあえて口を噤む。
ちなみに「シマサ」というのは、名前を3字程度ならば覚えられるので「しまさこん」の始めから3字を取った呼び方だ。島からすれば、下の名前で呼んでくれた方が嬉しいのだが、女は呼び方を変える気がさらさら無いようだった。
「布団渡してくれるぐらいには優しいのに、マジ意味わかんね」
「猿飛さんが、布団干すのをお願いしたい、とのことです。私には大谷さんを観察し、目で愛で、舌で慕う使命がございますので、よろしくお願いいたします」
「優しさかと思ったらパシリかよ! って待ってってば!」
「大谷さんの元に向かうよりも大事なことはありません。シマサさんは貴方のお好きな方のところへどうぞいってらっしゃいませ」
振り向くことすらなく島から離れようとする彼女は、本当に雑用を押し付けただけのようだ。手を掴もうとするも、触れたくないと言われた後では躊躇してしまう。
たん、と雑技団のような身のこなしで女の頭上を飛び越え、前方へと着地した島は、両手を広げた。
あいも変わらず表情を変えないが、わずかながら困惑しているようだった。
「……アンタ、三成様の味方だと思っていいんだよな?」
「そちらこそ、大谷さんの敵ではないと判断してよろしいのでしょうか」
「刑部さんが三成様を裏切ったらわかりませんけど、ご友人である限り敵になるこたぁないぜ」
「然様でございますか。では、大谷さんの味方と考えることにいたしましょう。大谷さんと布団をよろしくお願いいたします」
恭しくお辞儀をし、島の横をすり抜けていく。遅い歩みであるゆえに、すぐに追いつくことはできるだろうが、島はそれ以上干渉することはなかった。
敵か味方か。未だ判断つかぬなら、この目で見届けるしかない。
同じことを考えながら、二人は逆の方向へ歩いていった。