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正直不思議で仕方がなかった。
早朝、木枯らしの中、赤い鼻先を気にすることなく、朝一番に大谷さんに挨拶するためだけに縁側で待ち続けているジョセフィーヌちゃん。
何があっても表情を変えない姿と、淡々とした丁寧な言葉だけとれば冷静な子だと考えただろうが、大谷さんが関わると鼻血を出すほど高ぶる。しかも、鼻血を出しながらも無表情と落ち着いた口調は変わらない。
おはよう、と挨拶すれば、じ、と感情の見えない双眸が俺を映し出した。
無言の会釈のあと、ジョセフィーヌちゃんは庭へと視線を戻す。
ジョセフィーヌちゃんは朝一番の挨拶を大谷さんにするまでは、あまり喋らない。礼儀正しく、背中を伸ばし、足をぶらつかせることなく、大谷さんを待ち続けている。
大谷さんのなにがそんな魅力的なのか。
病のためとはいえ全身の皮膚がただれ、包帯の下には蛆が這う。
性格も歪んでいるし、石田さんのためと言いながら毛利の旦那となにか企んでいる。
だけれど見た目も中身も、ジョセフィーヌちゃんの舌の上を通れば賛美の対象となっていた。
大谷さんを観察していても分からないから、ジョセフィーヌちゃんを観察してみるも、謎は深まるばかりだ。
見ていて分かったのは、ジョセフィーヌちゃんは足が遅い。食事に興味を持たないし、胃が小さい。虫やお化けの類は平気。石田さんや真田の大将の大声にビビってる。鬼の旦那と鶴姫ちゃんと仲がいい。あと、多分俺様のことをちり紙の人として認識してる。
朝の挨拶を終えたジョセフィーヌちゃんは、いつものように鼻血を出し、布で押さえる。
今回は手ぬぐい一枚で足りたようだ。
軍議に出る大谷さんを見送ったジョセフィーヌちゃんは、庭で飼っている狸に餌をやりにいった。名前はイエアスとつけたらしい。石田の大将命名だそうが、家康だからね。
「もっと大きくなって大谷さんの血肉として昇華してくださることを応援しております。狸鍋になるその日はイエアスさんの記念日でございますよ、頑張ってください」
食べる気かよ! 可愛がってるかと思いきや、違ってた!
狸に語りかけた後、軍議がまだ終わらないことを気にしつつ、無理に聞こうとはしていない。
前に邪魔するなと言われたことをしかと心に刻んでいるらしい。
「ジョセフィーヌちゃん、一緒にお風呂入りませんか! 孫市姉様が仲良しになるには裸の付き合いが一番とおっしゃってました、きゃ!」
「お誘いいただき光栄ですが、同性とはいえ肌を露わにするのは恥ずかしく存じます」
「大丈夫です! 私も見せちゃいますからお互い様ですよ! それにジョセフィーヌちゃんが全然お風呂入ってないの私知ってます! ダメですよ、ちゃんと身体を清めないと。不浄は災いの元です」
「申し訳ありません。実を言いますと……耳をお貸しいただけますか」
押しの強い鶴姫ちゃんに負けるかと思いきや、なにかを耳打ちした。
口元を隠しているし、位置が遠いせいで聞こえない。
だが、すぐに話したことは分かった。
「えーっ! 猿のお兄さんがお風呂を覗くって本当ですか!? 私許せません! ジョセフィーヌちゃんに代わってバシッとお仕置きします!」
「ちょっとちょっと! 誤解生むようなこと言わないでってば!」
「やっと出てきていただけましたか。見えない場所で観察されているというのはどうにも妙な感覚ですね。ストーカーの如く這い寄る混沌ニャル飛さん。大谷さんばかり見つめて眺めて観察しつづける私も、別の視線に気づかないほど鈍感ではありません。ストーカー規制法がない現代にて、成敗いたすは桃太郎のような正義感溢るる他人ですよ」
訳の分からない言葉を羅列され、鶴姫ちゃんからお仕置きされ、真田の大将にまで変な誤解を受けてしまった。
俺様ってば、いくらなんでも不憫すぎるでしょーよ。