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「あんたは大谷が見知らぬ女を娶ったらどうするつもりでぃ」
「そうですね。心から祝福し、幸せになってくださることを日々祈り拝み願います。誤解があるやもしれませんので、先にお答えしますが、私は大谷さんに劣情や欲情こそすれど、大谷さんを得ようとなどおこがましいことは考えておりません。何故なら私にとって大谷さんは神同然。拝み奉り敬うことはあれど、本人をどうこうしようなど片腹痛し。神様に対してつっこみたい、など思うことはありえぬでしょう。私はそんな特殊な性癖は持ちえておりません。ですので、私は大谷さんが女を娶ろうが、男を娶ろうが、例えその逆に娶られようが、ただただ幸せを願うだけでございます。願わくば、その日までお側にいたいです」
「相変わらず淡々としてんなぁ」
長曾我部はつまらねぇ、とからくり製作に戻る。
大きな手が器用に、細かな部品を組み立てる姿は、普段大谷以外が見えていないジョセフィーヌ四世から見ても興味深く映った。
大谷さんを作ることはできないのだろうか。と、一瞬よこしまな想いを抱くも、なみなみならぬ大谷への愛情があるため、文句ばかりつけてしまう未来を想像し、口を噤んだ。
長曾我部と話す前、大谷のこと以外では無口なジョセフィーヌ四世は、大谷が眠っている部屋の前をいったりきたりとしていた。
大谷が朝に弱いので、起こすに起こせないのだ。
せめて寝息だけでも、と壁に耳をつけて聞こうとしたこともあったが、石田に怒鳴られ、結果大谷を起こすことになってしまったので、寝息も満足に聞くことが出来ない。
それに。とジョセフィーヌ四世は長曾我部の横顔を隠れ見る。
――長曾我部は自分の正体に気づいている。この周は失敗だ。
ジョセフィーヌ四世は空を仰ぎ見た。長曾我部もつられるように空を見上げた。
小さな裂いたような雲がひとつふたつ。青い空が果てなく続いている。
「あんた、一体いつまで続ける気だ。んなボロボロになってまでよ」
「……私の気が済むまで。いえ、私に終わらせる権利など元よりありません。大谷さんが生きる未来を見つけるまで、私は何度でも繰り返しますよ。身体中に消えない傷が刻まれようと、歩くたびに、動くたびに、息をするたびに苦痛を感じようと、大谷さんと離れることと比べれば、そんなもの微々たる犠牲なのです。大谷さんが幸せな未来を生きる世界が、どこかにあるはずです。私は、それをどうしても見つけたいのです。お伝えしたでしょう。大谷さんの幸せを祈り拝み願っているのです」
「じゃああんたの幸せはどこにあんだよ」
「きっと、同じところですよ」
戯言は青空に消えることなく、雲に同化する。
晴れていた空は、日が暮れる頃には雨雲に覆われ、戯言を溶いた水を吐き出した。