01
辺りを見渡す女が一人。自分がいる場所を確かめ、ゆっくりと首をかしげた。ウロウロと彷徨わせる視線は混乱しているようにも見えるが、女の顔はどこまでも無表情だ。
突如頭を掴まれ、地面に突っ伏すかたちで押し倒され、無理矢理顔だけ上げさせられた状態で首に刃を突きつけられても、その無表情は一切崩れなかった。
「あんた、一体何者だ?」
「冷蔵庫で保存すべきナマモノです。既に腐りかけではありますが、肉は腐りかけが美味しいと聞くので一度召し上がってみますか?」
「……答える気はなし、ね」
「誰にも気づかれることなく陣営に忍び込むとはなかなかの手練れでござるな」
「私はどこの誰よりも正直者だと自負しておりますが、信じていただけないとは些か悲しいものがありますね。気づいたらこちらにいた、それ以上もそれ以下も答えられませんよ」
こちら、と女が言った場所は、西軍の人間が集まる屋敷であった。天下を分かつ大事な戦いの最中、部外者が侵入してきたとあらば、情報を引き出して処分するか、もしくは問答無用で処分するか。
どちらにしろ、女が処分されるのは疑いなき事実。
忍である猿飛が、淡々と喋る女を、冷たく見下ろした。隠す気のない殺意が、女を貫く。
その殺意をいなしたのは、大谷であった。
「やれ、なんの騒ぎだ」
「それが……どどどどうした貴殿! 鼻血が出ておりますぞ!」
「掠れた色気と邪気を含んだ声に、古風な口調。まさか大谷吉継さんではございませんか。感極まって鼻から赤い涙が止まりません」
「何、大谷さんの知り合い?」
「われは知らぬ。誰ぞ」
「貴方様のことを永きに渡り、お慕いし、敬い、賛美しておりました。私の事はジョセフィーヌ三世とお呼びください」
「思い切り偽名だね」
「本名を呼ばれたりしたら鼻からトマトジュースが吹き出しますよ。私の鼻はこう見えてデリケートなので興奮したらすぐに傷つくんです」
「ではジョセフィーヌ三世、ぬしは何者よ」
「感動をありがとうございます」
「偽名呼ばれて鼻血吹き出してるーっ!?」
表情を変えずに、鼻血で血だまりを作るジョセフィーヌ三世は、淡々と皆が知らぬ世界から来たのだと語った。