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日がとっぷりと沈み、真っ赤だった空が紺青の色へと移り変わる。この時期は日が落ちるのが随分と遅い。どこかご機嫌な毛利に対し、包帯で全身を覆われている大谷にとっては大嫌いな季節だ。
夕餉を食べ終え、各々の部屋へと戻っていく同胞たちを見送り、大谷はジョセフィーヌ四世を見下ろした。
小食のジョセフィーヌ四世が夕餉に参加するのは珍しいことだ。普段は茶と漬物で済ませるのだが、無理やり元親に引きずられ、参加することになった。
久々に一人前を食べ、ジョセフィーヌ四世はしばらく動く気になれず、ぼーっと天井を見上げている。
大谷は、そんなジョセフィーヌ四世にため息をまじえながらも手を伸ばした。
手を差し出されたジョセフィーヌ四世は、無表情のまま首を傾げる。
思想を抱いていないのかと誤解しそうなほど表情を一切変えぬジョセフィーヌ四世は、少しの間を置き、鼻血を垂らした。
畳を汚さぬように手持ちの布で鼻を押さえるが、生成りの手ぬぐいは赤く染まっていく。
「見目麗しいだけでなく、心まで滝水のように清らかで澄んでいるのですね。人類のマイナスイオンと言っても過言では無いでしょう。満腹による苦痛で動けずにいましたが、大谷さんのおかげで新陳代謝がいつもの三倍ほどに高まっているのを感じております。デトックス効果もお持ちな大谷さんのお心遣い、身にしみる思いでございます」
「通常運転よな」
「ですが、乙女の観点からですと、満腹状態の体重は少しばかり遠慮してしまうほど重量感たっぷりなので、大谷さんのしなやかなお手を借りるわけにはいかないのです」
無表情で肩を竦める姿は白々しいが、どちらにしろ大谷の手を握る気はないらしい。
眉を顰め、大谷は唇を、きゅ、と結んだ。
「われとておのこ。ぬし一人苦痛にも入らぬ」
手を無理やり引っつかみ、ジョセフィーヌ四世を立ち上がらせる。
ジョセフィーヌ四世は手を掴まれた状態で、表情は変えず、ぱちぱちと何度か瞬きをした。大谷が渡した手ぬぐいの白が全て赤に染まる。
「強引な大谷さんとは貴重ですね。この感動、胸に、心に、記憶に刻み付けます。あまりに嬉しいので、ジョセフィーヌ四世、顔のにやけが止まりません」
「うそつきは好かぬ。その舌は本物か?」
「本物ですとも。大谷さんへの素直な愛を紡ぐ、大事な大事な舌でございます。本物の舌だからこそ、大谷さんの美しさを詠い、大谷さんの素晴らしさを説き、大谷さんを称えることができるのです。地獄の業火で焼かれようと、舌が全て炭になるまで大谷さんを賛美いたしましょう」
「先に待っているわれが、その舌引っこ抜いてくれる」
「……大谷さんにでしたら大事な舌も喜んで捧げます」
妙な間が気になったが、大谷はこれ以上聞きたくない、と背中を向ける。
ジョセフィーヌ四世を一人部屋に残し、夜に熱を溶かした。