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「生きとし生ける大谷さんへの想いを募らせ、毎晩枕を血で赤く染め上げるジョセフィーヌ四世とは私の事です。御機嫌よう。そして毎朝洗濯ありがとうございます、猿飛さん。私も手伝いたいのは山々なのですが、大谷さんのお声を耳にしたり、お姿を目にした途端に愛が鼻から噴出してしまう始末。真田さんのお言葉を借りるとするならば、破廉恥な程にほとばしる大谷さんの色気に、胸をしめつけられる毎日でございます」
息継ぎを殆どすること無く淡々と喋る女は、つい最近大谷さんが拾ってきたものだ。
まるで生まれたての雛のように大谷さんを崇拝していて、頭が痛くなるぐらい賛辞を並び立てている。
お世辞と笑うには女は真面目すぎる顔で、だが表情の無い顔は死人のよう。
女が屋敷に入り浸って一週間が経ったけれど、未だに俺様はこいつの笑顔も泣き顔も怒った顔も見たことがない。文字通り無表情だ。
声すらも荒げることなく、今も称賛しながらも淡々と言葉を紡いでいるだけ。
ただ、感情が無いわけではないらしい。
興奮したと思われるときには毎度鼻血を出している。
その度に俺様が洗濯するわけで、本当に勘弁してほしい。褒められている張本人はといえば、右から左に聞き流しているようで、毛利さんと将棋を指している。
ふてくされた顔の毛利さんは、煩いと、ジョセフィーヌちゃん(大谷さんに本名を呼ばれると鼻血が止まらなくなると言って名乗った偽名)を強く睨みつけた。
氷のような冷たい視線にジョセフィーヌちゃんが一切怯むことがないのは、別に恐怖がないとかではなく、珍しく長考の姿勢になっている大谷さんしか見えていないからだろう。
ちり紙を渡せば、案の定鼻から血が垂れていた。
「大谷、褒められ慣れていないとはいえ、考え込むフリは滑稽ぞ」
「ありがとうございます。我々の業界、いえ、天上天下森羅万象において、そして子々孫々に受け継がれるご褒美でございます。今晩は毛利さんに足を向けて寝ません。大谷さんは私に足を向けてください。このとおり、お願いいたします」
「ほんに、ぬしは……」
鼻血を噴出すジョセフィーヌちゃんに追加のちり紙を渡しながら、忍の仕事ってなんだっけと遠く考えた。