「浦島くん、畑でお兄さん2人が喧嘩してるから宥めてきてくれ。ああはいはい、堀川くんと兼さんは遠征一緒だから安心してくれ。おい、鯰尾くん、骨喰くん、馬糞を私の部屋の前に置くのやめろっつったろ。ん、にっかりさんどうした?」
部屋の前に置いてある馬糞に怒った私の肩を叩いたのは、にっかり青江さん。のんびりとした雰囲気に反して戦うことに積極的な彼は、出陣まで時間があるというのに早くから戦う装束に身を包んでいる。寒い時期になって、こたつから出ることを拒み始めた石切丸さんよりよっぽど神剣らしい。
色気を含んだ笑みを浮かべ、小さく首をかしげた。
「ねぇ、不思議なんだけど、どうして僕だけさん付けなんだい?」
「にっかりさん以外もさん付けしてるよ」
質問の意図が分からず、にっかりさん同様首をかしげる。
「僕以外の脇差はみんなくん付けにしてるだろう。どうしてだい?」
「……ああ、確かに」
今気付いた。ぽん、と手を打ち、大きくうなづく。どうしてか。歌仙と薬研以外に敬称をつけて呼ぶことは意識的にやっていることだけど、あとはこだわりを持って呼んでるわけじゃない。酷く下らない理由はあるけれど、答えるのも恥ずかしいぐらい意味がないものだ。
結果。大人っぽい刀剣は、さん付け。同い年か、それより下っぽいのは、くん付け。脇差や短刀以外にも、加州くんや蛍丸くんもくん付けだし。
「意味はないよ。にっかりさんこそ、いきなりどうしたのさ。くん付けのがいい?」
「そういうわけじゃないんだ。ちょっと気になっただけ」
気にしないで。そう言って背を向けるにっかりさんを見る。
周りの脇差と比べて成熟しているように見えるけど、誤解だったかな。例えるなら1人だけ子供料金で乗れない小学生、とか。脇差の中で1振りだけという事実が疎外感となって現れたのかもしれない。
曖昧に笑い。
曖昧な物言い。
彼は曖昧に何を隠しているんだろうか。
隠し事ばかりで、誤魔化し誤魔化し過ごしている私に問えることじゃないのだけど。
だけど、このままにはしておけない。
寂しげな後ろ姿を追いかけ、腕を掴む。
そして腕をつかんだまま、馬小屋まで連れていった。
今日の馬当番は獅子王くんと鶴丸さんだ。突然現れた化け物に馬が怯えを見せるが、神様を乗せて先陣を切るだけあって獅子王くんが二三回撫でただけでおとなしくなった。
どうしたんだ。なにがあったんだ。驚きか。好奇心を隠すことなく落ち着き無く絡んでくる鶴丸さんも、尻をめいっぱい撫で回せば静かになるだろうか。うん、今度試してみよう。
「獅子王くん、ちょっと背中向けて」
「うお、いきなりどうしたんだ」
獅子王くんとぴったり背中を合わせ、にっかりさんを見る。
髪で隠れていない目をまん丸にしているってことは、どうやって区別しているか気づいたんだろうか。
「意味分かった? 分からないならにっかりさんも背を向けて」
「……ふ、ふふ、あははっ! いやいや、大丈夫、わかったよ。なーんだ、ちょっとだけでも悩んだ僕が馬鹿じゃないか」
にっかり、どころじゃない。腹を抱えて大笑いするにっかりさんに、珍しい姿を見たと鶴丸さんと獅子王くんが驚いた。代わりに、私がにっかりと笑ってやる。
「言っただろ、意味なんてないってさ」
「意味があるとかないとか、さっきから何の話をしてんだ?」
「驚く程わけが分からんぞ。説明してくれ」
「悪いけど二人の秘密さ」
「そうだねぇ、言葉にしちゃ野暮ってものさ。ねえ主」
だから、はやくおおきくなってね。
ようやくにっかりと笑ったにっかりさんに、胸も大きくなるよう祈っててくれと返した。