「鶴丸さん、いたずらするのはいいけどさ、危ないことはすんなって言っただろうが」

「いやあ黒板消しが見つからなくてな。まさか主が引っかかると思わなかった」


 なんで戸開けたら投石兵が落ちてくるんだよ。
 投石兵さんあの小さい手足を必死に伸ばして踏ん張ってたらしいし、落ちたら落ちたであの衝撃だし、頭真っ二つに割れるかと思った。いや、軽くは割れたんだけど。
 すぐに治る身体だから問題ないけれど、歌仙やへし切りさんだったら鶴丸さんの首が落ちるところだったよ。半泣きの投石兵さんに持ち場へ戻るよう伝え、鶴丸さんに向き直る。反省のかけらも感じない鶴丸さんは、はっはっはっと朗らかに笑うばかり。この前も岩融さんが入ってもまだ余るほどの深い深い落とし穴を掘って、江雪さんが引っかかったのだ。細かすぎて分からないモノマネのようにキレイに落ちていったから正直笑ってしまったけれど、このままでは本当にけが人が出てしまう。
 鶴丸さんは、見た目は大人だし、年齢も大人というのは失礼なほど重ねているのに、どこか幼さを残している。それは、神様ゆえの純真さからなのか、人間の身を得てから短い期間しか経ってないからなのか。人としての常識が欠けているところがある。
 ちゃんと言い聞かせないと。
 そう思いつつ、叱られた経験はあれど、叱った記憶はなく。どうやって叱ればいいのか。悩んでいた矢先、事件は起きた。


 鶴丸さんが他の本丸の審神者を怪我させた。


 故意ではない、と思う。
 鶴丸さんの罠に引っかかって、こけてしまったのだ。膝を擦った程度で、皮膚は少し剥けていたけれど、血も出ていなかった。
 だが、その後が悪かった。
 

「いやあ、驚かせたな」


 謝罪も反省の素振りもなく、たった一言。鶴丸さんは笑顔だった。
 向こうのへし切りさんがブチ切れて、刀を抜いたのが見えた。
 だけど、先に動いたのは私だった。叱らなきゃ。私が、叱らないと、駄目だったんだ。

 気づけば薬研と石切丸さんに二人がかりで地面に縫いとめられ、怯えた顔の審神者さんが私を見下ろしていた。そして、

 鶴丸さんが血まみれで地面に伏していた。




 その日の終わり、こんのすけさんが部屋を訪れた。
 どうやって帰ってきたのかよく覚えていない。やっと状況を把握したときには、真っ暗な部屋でこんのすけさんと二人きり。長いため息に、肩を震わした。


「今日のことは政府に連絡いたしました。きっと向こうでも連絡されたことでしょうから、黙っていても仕方ありませんしね」

「……大変申し訳ございませんでした」

「それは鶴丸殿にかけるべき言葉では?」

「顔向けできないよ。ううん、他の皆にだって無理だ。私、こんな化物だもの。どんな顔すればいいのか分からない」

「では、審神者様が残された方はどうなってもよろしいのですね」

「……っ!」

「審神者としての仕事を全うする。貴方が果たすべき役割でございます。こちらは貴方が化物だと知った上で、雇っているんですよ。ゆめゆめ忘れませぬよう」


 まるで今まで存在しなかったかのように、こんのすけさんは、すぅ、と姿を消した。
 単純な脅し文句に、私は、選択肢を奪われる。 
 不甲斐ない自分に腹が立った。
 そんな中、静寂をぶち壊すかのごとく現れた闖入者、鶴丸さんである。鶴丸さんと一緒に倒れ込んできたふすまに潰されかけたが、なんとか寸前で避けた。
 目の前の出来事を整理しきれず、にこにこと笑う鶴丸さんを理解できず、うっすらと恐怖が浮かんだ。


「どうだい、驚いたか!」

「怪我は……?」

「君が直してくれたんだろう? ほら、この通り。問題ないさ。
それはそうと、すまなかった」


 突然頭を深々と下げる鶴丸さんに、理解が遠くで置いてけぼりになった。
 なぜ、鶴丸さんが謝るんだ。普通逆だろう。


「人が脆いことを忘れていた。傷つくという意味を理解していなかった。その、刀剣と違って手入れしなくても人間は治るだろう。放っておけば治る、そのことに甘えていた。痛いし、死ぬことだってあるのに、忘れていた」

「ごめん、私のせいだね。
もっと人らしく振る舞うべきだった。教えるべきだったんだ」

「違う、君は、」

「暴力を奮ってしまった。それも、教育のつもりで、痛みを与えるべきだと判断してしまった」

「主、聞いてくれ」

「ごめん、今は聞けない。甘えていた。甘えてはいけなかったのに」

「っ失礼するぞ」


 肩を掴まれ、ぐらりと首を揺らされる。うなだれていた顔を無理やり上げさせられ、もう一度見た鶴丸さんは笑っていなかった。眉を吊り上げ、眉間にシワが寄っている。怒っている。意識した途端、なぜか、安心した。


「鶴丸さん、私を思いっきりボコボコに殴って。私が鶴丸さんを痛めつけたように」

「……嫌だ。君はもっと甘えていいんだ。ほら、抱きしめてやろう。頭もなでてやる」

「絶対嫌だ。こら、勝手に抱きしめるな」

「断る。君にはそっちのが罰になるからな」

「……審神者さんには悪いことしちゃったね。明日もう一度詫びの手紙を送って、それから謝りに行こうね」

「ん? 次に会うときには傷も癒えてるだろう、何を謝るんだ」


 私の背中に手を回したまま、鶴丸さんは笑顔で首をかしげた。ぞ、と背筋が粟立つ。
 ああ、この人は、神様だった。
 なんて烏滸がましい。人の倫理観や道徳心、常識をどうやって押し付けようとしていたのか。
 どうやっても埋まることのない溝を見せつけられ、抱きしめる手が、まるで逃げるのを拒む枷のように感じた。
 




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