悲鳴をあげようとした口を塞がれ、もう片方の手に手首をつかまれ、あっという間に布団の中へと引きずりこまれた。ゆびの先からじわりじわりと力抜けていくのを感じる。布団のなかに潜んでいたのは二週間前にやってきた髭切さん。のんびりとした態度とは裏腹に、底のみえない笑顔にみおろされ、背筋が粟立った。
ああ、まずい。殺される。
ほかの感情には鈍感だが、戦国の世に無理やり引きずりこまれた日から休むことなく向けられた殺気だけはわかる。そんなにも私が鬼に見えるのだろうか。神剣には化物だとバレているように、別の姿に見えるのかもしれない。
とはいえ、化物だろうと人間だろうとただで転ぶ私じゃあない。抵抗ぐらいはさせてもらおう。
膝で蹴ろうとするも、よけられた。だが、当たるとはおもっていない。気をそらすことができれば十分だ。
「うえですよ」
「わあ、びっくりした。守り刀は伊達じゃないんだねえ」
今剣くんナイス。いくら太刀といえど夜目が利かない上、相手は練度の高い今剣くん。一筋縄でいける相手じゃあない。
今剣くんは武器を構えたまま私を庇うように背中をむけた。
救世主か何かかな? 近侍に選んでいてよかった、思わず拝み倒しそうだ。
「ごめんなさい、あるじさま。けっかいにてまどりました」
「いやいや、間にあったから大丈夫。って結界!? そんなもの張ってたの!?」
「ははは、そんな大層なもんじゃないよ。いくら騒ごうと助けが入ってこない程度だってば」
なにそれこわい。
化物の身体を失ってしまえば、私は平均的な、そして非力な人間のひとり。切られたら痛いし、ヘタをすれば死んでしまう。
「ぼくのれんどは“しちじゅう”あります。ちのりもぼくにあります。“いち”のひげきりじゃあ、かないっこありません」
「我が主は僕を手に入れてずっと放置だもんねえ」
「それを根に持っての犯行? おやつと娯楽(囲碁)を与えたら大人しくなった練度1の三日月さんと小狐丸さんを見習ってくれよ」
「おまえのおとうとも、あかしも、いちですよ!」
私たちの主張に、髭切さんは目を丸くした。きょとんと切れ長の目がふしぎそうにこちらを見返してくる。
すこしの沈黙のあと、ぽん、と手のひらを打った。ああそうか。ひとりごちる髭切さんの意図がよめず、今剣くんと顔を見合わせる。
「僕は主を怒ってないよ、のんびり過ごすのは嫌いじゃないから。後輩が育っていく姿をうしろから見るのも楽しい」
「かんちがいするんじゃありません! ぼくはひげきりのせんぱいですよ!」
「じゃあなにしにきたのさ」
「夜這い」
「冗談はいいから。こっちはお前のせいで眠いんだよ。早く答えて」
化物の力をとりあげられ、普段麻痺していた疲労がのしかかってくる。重たい瞼をこすりながら、髭切さんを睨みつける。
だが、髭切さんは心底心外だといわんばかりに肩をすくめるだけ。
「僕らは顕現してくれた人間に、最低限の好意をもつようになっている。命をかけていい程度のね。
刀の性分か、それともそういう風に細工されているのか、わからないけど、殺す気なんて持たないさ」
納得いかず、首を傾げる。
よく似た気配を持つ人を知っているが、そいつは基本切りかかるわ、刺してくるわ、埋めようとしてくるわと全力で殺そうとしてきていた。今でも鮮やかに浮かぶ迷彩と、髭切さんを重ね合わせる。
性格も見た目も似ていないけれど、私がふざけてセクハラしたときの気配と同じものを確かに感じ取った。
髭切さんの言うことが本当なら? ……いや、ないない。いくらなんでも、突拍子のない推測だ。眠いからって想像が変な方向に飛びすぎだろう、自分。
「ひげきり、あるじさまはおねむのじかんです。はやくへやにかえりなさい」
「……おねむはやめて……」
「はぁい。今度はもっとおしゃべりしようね。おやすみ」
真夜中だというのに、兄がいないことに気づいた膝丸さんの絶叫が遠くから聞こえたが、次の瞬間にはもう眠気に敗北した。