拾伍
「桶狭間の戦い?」
「ギリギリだった、ってことか。鉢合わせする前に逃げ切れるといいけど」
「だから、なんのっんぐ」
喚く家康の口を、血で汚れていない手で塞ぐ。
もう片方の手は汚れている為、家康の服は赤黒く染まってしまっているが、我慢してもらいたい。
ここで織田軍に見つかったら色々と面倒だ。
今川兵も私なんかに構っていられる余裕がないらしく、織田兵に立ち向かっていく。
雑兵ならまだいい。だが
「おや、逃げるのですか?」
湿気を含んだ銀色が鈍く光る。
雨と血で濡れた長い髪。狂気を秘めた瞳がこちらに向いた。
阿鼻叫喚がごった返す戦場でここまで楽しそうな奴は他にいないだろう。
明智光秀。
ゆらりと、楽しそうに口元が歪み、笑みを浮かべた。
「先程の死にぞこないは、貴方が作ったんですか?」
返事をせずに黙っていると、肯定と受け取ったらしい。
眉を顰めて、悲しそうに、快楽に狂った笑い声をあげた。
「可哀想なことをしますねぇ。痙攣を起こしていましたよ?」
なので殺してさしあげました、とまるで自分が慈愛に溢れた人間かのように言いのける。
これ以上関わると危ない。私一人ならまだ良いが、腕には家康。
今はこいつを守ることだけに専念しなければ。
と、上で鳥の羽ばたく音がした。
それが佐助の烏だと気づくのにはそう時間はかからなかった。
「舌噛むなよ?」
「は?」
家康の身体を横抱きにすると、私は思いっきり上に放り投げた。
声を上げそうになったみたいだが、私の言葉を理解していたらしく、必死に声を抑えている。
上で佐助が受け取ったのを確認すると、私は狂気と向き合った。
「みっちー、UFO!」
「はい?」
「さらば!」
悠長に後ろを振り向くみっちー。
意外に素直な反応だな。
屋根に飛び乗り、伸ばされた佐助の手を掴む。
すると力強く引き寄せられ、驚きのあまり目を見開いた。
思わず本能に任せ腰に抱きつくと、振り落とされかけてしまった。
烏が抗議の悲鳴を上げる。
あぁ、みっちー嫁に欲しかったなあ。
反省する気がない私に呆れたのか、佐助が大きな溜息をついた。