「泣くなど…っ」


慌てて手で目元を押さえ、ようやく気付いたらしい。


幸村は泣いていた。


廊下でぶつかった時から涙ぐんでたのには気付いていたが、追いかけられてるときに後ろから聞こえていた声は既に泣き声と変化していた。

あまり突き放すのも酷かと思い体力が尽きるのを待ったが、この有り様。
おかげで幸村の泣き顔を観察することができる。

なかなかそそる顔だが、押し倒されてるのには納得いかない。
かといって泣いている幸村を無理に押し返すことも出来ず、指で涙を拭ってやる。


「なんで幸村が泣いているんだよ」

「泣かぬから……」

「え?」

「黒兎殿が泣かぬから、代わりに泣いているのでござる」


……っ、何だこの可愛い生き物!
嬉しいな、こんにゃろう。

どんなに拭ってやってもポタポタと落ちる涙が、私の顔を濡らす。
まるで私も一緒に泣いているように、錯覚しそうだった。

自分の為に泣いてくれる人がいるなんて想像したこともなかった。
会って間もないと言うのに、どう見ても怪しいのに、優しくしてくれることが嬉しかった。
同時に痛いぐらい苦しい。

ごめんなさい。
そんなに信用してくれているのに全部語れなくて。


他人の命を犠牲に生き返るなんて知ったら、軽蔑するだろ?
離れていってしまうだろ?


現実離れしたこの状態が心地良くなってきた私には耐えられない。


「幸村、私は大丈夫だから。格好悪いところ見せてごめんな」

「黒兎殿が格好良いとこなんて見たことないでござる」

「なんだと、てめぇ」


怒りを込めて低い声で威嚇すると、幸村が微かに笑った。
なんだか私も可笑しくなって、声を出して笑う。
気付けば二人で大笑いしてた。


「そろそろ戻ろうか」

「泣いた痕残っておらぬか?」

「大丈夫大丈夫。可愛いから」

「残っておるのか!?」

「さぁ? 私には可愛いとしか言えないなぁ」


実際残ってる。
涙が頬を伝った跡とか、目元と鼻先の赤みとか、そこまで目立たないものの、見知ったものが見れば泣いたと分かるくらい。

だけど、さ

本当に可愛いんだって!
まさか泣き顔を拝めるとは思っていなかったから、出来る限り長い間観察したい。
写メろうにも、携帯は幸村本人に壊されたし、心のフィルムに焼き付けるしか無いじゃないか。


あぁ、早く直してもらおう。

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