弐拾参
※才蔵視点
頭の痛みを堪えながら、考える。
伊達政宗の側室猫御前、なかなかの手練だ。
いくら伊達成実との闘いに夢中になってたとしても、一瞬で二人の頭を殴れる女なんて見たことない。
黒兎なら出来そうだが、アイツは人間じゃないからな。
伊達成実。へらへらと読めない奴だ。
長も飄々としているが忍としての仕事をするときは感情を殺した冷たい目。
初めてあの眼を見た時震えが止まらなかった。
一方伊達成実はずっと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、
更に煽るようなことばかり言う。
黒兎を酷く気に入ってるようだし、気に食わない。
……黒兎は関係ないな。
「おい、包んだぞ」
片倉が大きな風呂敷を持って現れた。
黒兎の願いをいちいち聞き入れるとは律儀な奴だ。
黒兎も満面の笑顔で片倉に抱きつこうとして斬り捨てられてるし。
本当に学習しないな。
黒兎は大きな風呂敷を二つ、軽々と持ち上げると猫御前と片倉にお礼を言って、重長の頭を撫でた。
伊達政宗は気絶したと聞いたから良いとして、見事に伊達成実を避けてる。
伊達成実が黒兎にちょっかいをかけてるのを横目に、片倉と猫御前に礼と詫びを述べた。
酔いつぶれてしまったし、黒兎の件でも多大な迷惑をかけてしまった。
特に黒兎は礼儀が全くなってないし、奇っ怪なことばかりやって困らせてしまった。
まぁ、黒兎の機転で同盟を組めたのは確かだが。
二人は気にするなと笑い、猫御前は含みのある笑いを残して消えた。
「黒兎ちゃんから目を離しちゃ駄目だよ」
出来る限り監視しているつもりだが、どういうことだ。
黒兎が伊達成実を振りほどいたとこで、ようやく別れを告げた。
背を向け、少し歩くと背後から殺気を感じた。
黒兎の顔が強張る。
「バレたか」
は……?
舌打ち混じりに呟く黒兎の足元に矢が突き刺さった。
どこからか女の声が聞こえる。
「政宗様は返してもらいますよ」
「キューティクル美人さんには悪いが、これは戦利品だ!」
見えてるのか?
黒兎には見えているのか?
異国の言葉は分からないが、美人が分かるってことは見えている証拠だ。
伊達政宗を返せと言う意味が分からないが。
そういえば片倉に貰った風呂敷は一つだったはず。
しかし黒兎が持っているのは人一人入りそうな大きな風呂敷二つ。
ということは。
「黒兎、風呂敷を下ろせ」
「おおっと風呂敷を下ろせない病にかかってしまった(気がする)!」
わざとらしくよろめく黒兎に向かって再び矢が飛んできた。
今度は当てるつもりだったらしいが、黒兎が風呂敷を盾にしたせいで片方の風呂敷に矢が突き刺さった。
反応が無いのを見て、片倉に貰った方だったようだ。
「めーちゃん、まさに当たったらどーすんの。いくら丈夫でもめーちゃんの痛いから」
「痛いで済むのか」
「つかめーちゃんって?」
「姫(ひい)様だよ。政宗の正室の愛姫様」
俺の疑問を流し、黒兎の質問に答える伊達成実に怒りを覚えたが、
今は愛姫という人物が問題だ。
「めーちゃんは人見知りが酷くて人前に出ることは無い子なんだけど、弓の腕だけは魔王の子よりも立つんだよ」
「普段は大人しい美人さんなんだけどさ、梵のことになるとすげぇの」
それは見れば分かる。
「黒兎、政宗様を返さねえか」
「小十郎を代わりにくれるなら」
「成実ならやる」
「大切にしてね」
「しょうがない、返すよ」
そんなに伊達成実が嫌なのか。
あっさりと風呂敷を下ろした黒兎に、伊達成実は残念と笑う。
つまらなさそうに小十郎に政宗を受け渡した黒兎は、野菜やら酒やらが入った風呂敷も下ろし片倉や猫御前、伊達成実をひっくるめて抱きしめた。
抱きしめている黒兎は顔は見えなかったが、笑ってるようには見えない。
まるで懇願してるような、寂しい後ろ姿。
名残惜しさを残すことなく離れた黒兎は、そのまま俺の横を駆け抜けた。
小さく呟かれた言葉はすぐに風に吹かれ、俺以外に届いてはないだろう。
「誰も殺さなくてよかった」
切実で純粋な願い。
いつかその願いも灰となり、血と涙と流れるのか。
どこか遠くで笛の音色が消え入った願いの代わりに風とさまよった。
って、この風呂敷俺が持つのか!?
続