弐拾
【おい、】
私の声だ
またアイツ?
【何酒飲んでるんだよ】
不機嫌そうな声
酒飲んじゃいけなかったのか
【従来酒っつーのは人間も妖をも弱らせることができる。
鬼や竜を酔わせて倒すとか聞いたことあるだろ?】
それは私でも一緒なのか
危うく退治されるとこだった
【あまり調子に乗ると期限がきれる前に体が腐り落ちるぞ】
腐り落ちる?
【そうやって体を維持できるのも私の力のおかげだ。
だが酒で私の力が鈍るとそれすらも辛くなる。
だから限界量に達する前に神サマに意識をなくしてもらった】
うわ、危な
女子としては腐ってるが
腐り死ぬのは流石にごめんだ
と、遠くで笛の音が聴こえた
まるで名を呼ばれたかのように優しい音に導かれ、
私は目を開けた
あれ?
笛の音色が消えた。
代わりに煙が鼻を掠める。
靄がかかった視界を横にずらすと、縁側で政宗が煙草を吸っていた。
「政宗……?」
「グッモーニン。ってもまだ夜だが。気分はどうだ?」
「微妙。あの後、誰が勝ったんだ?
成実だったら最悪になるけど」
「酷い言われようじゃねーの。俺泣いちゃうよ?」
「し、成実ぇっ!?」
な、なんで膝枕してんの!?
野郎の硬い膝より女の子の柔らかい膝プリーズ!
逃げようとすると左手で押さえ込められた。
片手で巧みに抵抗しづらい体勢に持っていかれる。
左手だけで器用な……ん?
そういや出会ってから成実が右手使ってるとこ見てないな。なんでだろ。
「成実、」
「何?」
「右手は?」
「……見たい?」
さっきと変わらない笑顔、声色だというのに、殺気を感じる。
恐怖とまではいかなかったが、押さえ込められたこの体勢では成実の成すがまま。
政宗はヤバいと思ったのか片足を立て、すぐにでも動ける体勢に。
「右手は戦の時しか使わないって決めてるんだ。だから内緒」
「じゃあ見ないことを祈ってるよ」
「そうだね」
やっとこさ解放され、起きあがると政宗の近くへ非難する。
成実ゾーン(成実の半径1M以内)よりは安全な領域だ。
の筈だったが、
「引っかかったー!」
「うぎゃあああ!」
政宗だと思ったのは猫さんらしく、思いっきり抱きしめられる。
ある意味嬉しいが、些か困る。
まだ酔いが廻ってるのか、力が思ったほど出せないし、第一酒臭いし煙草臭い。
その上俺もと抱きついてきた成実のせいで動けない。
だから酔っ払いは嫌いだ! と心の中で突っ込む。
「てめぇら重長が起きるから静かにしろっつっただろうが」
鬼すらも金棒を捨てて逃げていきそうなドスのきいた声。
振り向くと、一瞬鬼そのものが立っているのかと思った。
いつの間にか抱きついていた二人も横で正座している。
「黒兎、悪いな」
「いやいや小十郎が謝る必要なんて無いよ。私こそ迷惑かけてごめんなさい」
素直に頭を下げると小十郎が頭を撫でてくれた。
まるで息子と接するかのような少し乱暴で、だが優しさがこもった手に思わず笑いが零れる。
農作業が好きだと言っていた手は分厚く、温もりがある。
泥が入らぬように短く切りそろえた爪は貝のような丸い形だ。
「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「結局飲み比べって誰が勝ったんだ?」
「あー、あれね……」
歯切れの悪い猫さんに、目を逸らす成実。
首を傾げると小十郎が教えてくれた。
「俺だ」
「……は?」
「あの後倒れた黒兎ちゃんを見てこじゅが怒ってさぁ」
「いやぁ、この年になって拳骨食らうと思わなかったわ」
「懲りなかったみたいだがな」
ワザとらしい溜め息に二人は笑う。
いや、もう勘弁してください。また抱きついてくる二人に私は遠くを見つめる。
あぁ、眠たい。酒って睡眠欲まで戻すのか。
「ごめん、もう一回寝る」
「俺が添い寝してあげようか」
「いらない」
瞼が重たい。
少しは安全な猫さんに寄っかかり、瞼を下ろす。
「おやすみ……」
小さく呟くと久し振りの睡眠を取った。