参拾肆
静電気のような、何かが弾けた音と、神様の舌打ち。
見れば札(ふだ)が神様の右肩に貼り付いていた。途端、膝から崩れ落ちる神様。
だが、成実はもう2枚札を追加し、動きを封じる。
神社で弱る原理と同じなのだろうか。
浅い呼吸を繰り返し、膝をついたまま、神様は成実を睨みつけた。
じわりと浮かぶ脂汗。項垂れた神様は、牙を封じられた狼のようだった。
「遅れてごめん。たっくんにも手伝ってもらったんだけどさ」
「たっくん……?」
成実が上を指差す。促されるがままに見上げれば、忠勝が空を飛んでいた。
ああ、たっくんね。……成実、忠勝に乗って空飛んだのかよ。羨ましいなおい。
成実は懐から真っ白な布を取り出し、私に被せた。
ばさりと揺れる布は、よく見れば華の刺繍があしらってあり、金縁が施されていた。
見たことある。
だって、これは
「俺は、黒兎ちゃんに幸せになってほしいと願ってた」
花嫁衣裳じゃないか。
黒の婿衣装の上に、白の花嫁衣裳を羽織るという不可思議な恰好に苦笑いしそうになる。そんな姿にした成実も苦笑いを浮かべ、つ、と指先で私の肩を撫でた。
「だけど、今は幸せにしたい。俺が幸せにしたいんだ」
「そうだね……この方法だったら帰らなくても、消えなくてもいいかもしれない」
背後で神様が唸る。
成実が考えた方法。この世界に私の居場所を作る方法だ。
神様から読んだ記憶。この誰かの記憶を読み取る力。それは、婆娑羅の世界に刺激され、目覚めた私の能力らしい。
私の身体は気づかないうちにこの世界へ順応していたのだ。
だからこそこの世界へ根付くように、誰かの伴侶となれば、私は無理やり世界の移動をせずとも済む。
みんなとまた、一緒に過ごすことができる。
成実の手を両手で覆った。
「……成実、知っているんだろう。私の幸せはここから目と鼻の先ぐらい近くて、遥か遠くにしか存在しないんだ」
そう言って、肩に触れていた手を引き剥がす。
神様に貼られていた御札を一枚はがした。そしてもう一枚。
「みんなもごめん。ありがとう。私はずっとみんなに感謝していた。
好きだ。みんなのこと、大好きなんだ」
「じゃあっ」
「だから、これは私の我儘だ。ねぇ、神様」
それから、最後の一枚も剥がした。