参拾参
やっと気づいた。
自分が何のために呼ばれたのか。
悲しげに笑む神様は、やはり私自身でもあるのだろう。
着物から滴る水が、地面に吸われていく。
じっとりと湿った砂の中に沈んでいきそうな錯覚に陥りかけた。
神様である私も、人殺しである私も。
やはり私なのだ。
そして私は、こいつらだ。
神様の手、それから人殺しの手を握る。
潜り込んできた記憶に、頭が割れそうな強い痛みと目眩が襲いかかる。
それでも、私は私を知りたかった。
掃き溜めのような世界で、ただただ生きる為に殺した一生。
世界の結末と原因を知り、ひとりで戦うことを決めた意思。
私とは違う人生を歩んでいる。
私であり、私ではない人間だ。
神様が、雑賀のおっさんを見やった。
「孫市。人は絶対死ぬ、そう言ったね。そのとおり、生きとし生けるもの全てが遅かれ早かれ死ぬ。
だけれど、命を引き継ぐものがいる。そう、世界が死なない限り、別の命が失った命を引き継いでいくんだ」
その言葉が何を意味するのか、予想がついている人も多いのだろう。
誰も頷かない代わりに、問うこともない。
「私が消えれば、婆娑羅の能力が消え、世界も終わらない。私がやったことも帳消しになる。
婆娑羅が死なないのは、引き継ぐ者がいるから。過去に戻ったときに"婆娑羅"の基を引き継いでしまったからね。ねぇ、元神様?」
「おや、それはひみつだとおしえたでしょう?」
「もう消えてしまうからね。帳消しさ。
お二人さんも利用するような真似をしてすまない。だが、私は私を殺せない。私は私の願い事を叶えられない」
謙信さん神様だったの!?
重大発表だった気がするのに、さらりと流れる話題を引っつかむこともできず、ただただ聞き手に回る。
それに謙信さんの伏せられた目は、多くを語る気がないのだと答えていた。
逆に、聞いてもないのに饒舌に語る神様は、右手の指を広げた。
中心の三本が立った右手を、こちらに見せてくる。
「ひとつ、私以外の二人以上が願うこと。ふたつ、私が同意すること。みっつ、一度叶えた願い事をなかったことにはできない。流れ星である私の能力だ」
「……そんな便利な奴が未来でどんな願い事を叶えたら、なかったことにしたくなるんだよ」
「『嫌なことがない世界』」
作り物の満面の笑みを浮かべる。
皆が抱えるいろんなものが消えたよ。そう、笑った。
多くの人が願ったのだろう。嫌なもの全てが消えた世界を。
子供じみた願いだと一蹴されても可笑しくない。
だが、実際に叶ったのだ。神様が見た未来では。
勝算が少ない賭け。
きっと負けたら、松永かみっちーに神を譲り、そして消す気だったのだろう。
そうすれば婆娑羅の力だけでも消せる。
「私をいなかったことにする代わり、また私が生まれないように"私"をひとり置いていくよ。一人目の黒兎、行っておいで」
「おいおい、ちょっとそりゃあ酷ってもんじゃないの? 武田サン以外は私のことなんかちっとも覚えちゃあいないし、こっちの黒兎が好きなのにさ」
「ビビってるのかい? 大丈夫、私がいなくなったら全部忘れてるから」
神様が二人目である私に視線を移動させた。
優しい笑みは、怒っていない両親を思い出させた。
「そして私の代わりに未来に行くのは君だ。君の世界の君はいなくなるわけだけど、虐待される子もいない。こちらの両親はひどいことしないさ」
「……私は、」
「待ったぁああああああああ!!」
開口一番遮ったのは、突如滑り込んできた成実。
それから猫さんもいる。ぎょ、と目を丸くする私に笑いかけ、成実は神様に向き直った。