弐拾玖
真っ暗な水の底。
鉛のように重い体が、ずぶずぶとどこまでも沈んでいく。
真っ黒な手。
死人のように冷たい手が、ひたひたと身体にまとわりついていく。
全身の体温が水に溶けていくのを感じた。この感覚は、知っている。
あ、死ぬな。
本能的に死を覚悟したのは、この世界に来てから二度目だ。
この世界に訪れたとき。私は、学校に行く最中だった。
夏休み明けのテストで、学年10位以内に入れなかったことを酷く叱られた朝のことだった。
「黒兎」
名前を呼ばれた。
ぼやけていた視界が鮮明になった。この感覚も、知っている。
もう一人の私に意識を奪われ、幸村を殺しかけたとき。
佐助に愛をこめて名前を呼んでもらった。
暗闇の中、藻掻く佐助。
同じ闇属性だからか、私以上に黒い手がまとわりついている。
怖じけることなく必死に手を伸ばしている姿がはっきりと見えた。
……ってなにやってんだぁああああ!
え、これ絶対捕食されかけてんじゃん!
「馬鹿黒兎! 早く手を伸ばせ!!」
「っ馬鹿はどっちだ!!」
「お前ら二人ともだ!!
佐助と私を引き上げたのは、かすがだった
三人で水の外へ顔を出すと、近くにいたらしい慶次に抱きしめられた。
いきなり姿を消したとかなんとか言っているから、まぁ、黒い手っぽいのに連れてかれかけてたのかもしれない。私も慶次の姿を見つけられなかったわけだし。
生きててよかった。
振り絞ったような掠れた声。初めて、そんなこと言われた。
びしょ濡れの服や髪が気持ち悪い。
真冬に水の張った風呂に服を着たまま浸かる罰を思い出し、忘れた。
川に入っていたのは慶次だけじゃなく、さやかちゃんや幸村、才蔵もいた。
苦しいほど抱きしめてくる慶次は、怒っていた。
やっと解放されるも、両肩を強く掴まれる。眉を吊り上げ、真っ赤な顔で怒鳴られた。
「生まれてこなきゃよかったなんて言うなよ!」
「ごめんなさい……」
「帰らないでいい。家族になら俺がなるよ。絶対に黒兎にひどいことしない。幸せにするから」
「あはは、ありがとう。やっぱり慶次は痛いほど優しいね。それに佐助も、かすがもありがとう。佐助があんな無茶すると思わなかった」
「…………ばか」
「……うん、ごめん。私は、ちゃんと愛されてたんだね」
やっと気づいた。
愛されるって、こういう形もあるんだ。
私でも、ちゃんと愛されることができるんだ。
嬉しいなぁ。
照れくさくなって笑みが溢れる。
陸に引き上げられ、いろんな人に叱られ、謝られ、泣かれ、優しくされた。
愛おしい。改めて思う。私はこの世界も、この世界の人達も、みんな愛してる。
そして、尚も親を愛している。
きっと悲しい顔をされるから言えないけれど。