弐拾捌
※***視点


「捕まえた」


ほの暗い笑み。市が、ゆらりと身体を傾けた。
俯いた顔を少し上げ、歌うように紡がれた言葉に、足を踏み出す。
だが謙信はまだ許す気はないらしく、刀も氷も、どかしてくれない。

黒兎が市の手に捕まったということは、かすがや元就の力が及ばなかったのか。
……もしや、水辺の近くにいったな。

あとは、説得に失敗したか。
あの子の闇は見た目以上にずっと深い。洗脳されているといっても過言ではないだろう。
1年間の猶予があっても、骨の髄まで「親が正しい」と染み込んでいる。

氷の刃に触れ、溶かす。氷の死は水になることなのか。
出来た水たまりを見下ろすと、今まで沈黙を守っていた久秀がようやく口を開いた。



「卿の話は理解した。だが、矛盾があるのではないかね。私の知っている未来と、卿が居た未来は違うようだ。
それとも私たちはまた別の世界の未来から飛ばされたのかね」

「別の世界、といえば別の世界かな。私が“成功”したこの世界の未来だ」

「……ほう、それはそれは。興味深いね」



平行世界。
分岐した先にある世界。
様々な世界を探し、条件に合う「私」を見つけた。
世界によっては既に死んでしまった私も居たけれど、さして気にはならなかった。
誰しもが救われる世界なんて、きっとない。

私の能力を持ったとしても、結局自分自身さえ救えなかった。


「では、卿が失敗すれば私たちのいた未来は消えてなくなるということかね」

「面白そう、って顔しないでくれよ。マゾいな。また別の未来が現れるとも思うけど、いちいち確認するのも大変だし、お前の存在もどうなるか分からないからな……と、成実はどちらへ向かうつもりだい?」

「聞きたいことは聞いた。あんたの言うことを信じるんなら、こっちはやりたいことをやるだけだ」

「ダメよ」


成実の足に絡まる真っ黒な手。
止めたのは言わずもがな。吸い込まれそうなほど深い漆黒の目が、じとりと成実を睨みつけた。


「兎さんは誰にも会いたくないって言ってるわ……。かわいそうな兎さん、なにを信じればいいのか分からないんだわ」


だから、ダメ。
市がどうしてあの子に固執するのか分からないけれど、それを言うならば謙信の目的もいまいち見えてこない。
実験的に神子の力を与えてみたけれど、結局酒ばかり飲んでたから全然確認できなかったし!

心でも読めればいいけれど、私はそんな便利な能力をもっていない。
私にできるのは推理と邪推。
私に届くのは彼らの願いという想い。

願いを叶えるのは神じゃない。
流れる星なんだよ。


prev * 315/341 * next
+bookmark
| TOP | NOVEL | LIST |
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -