弐拾漆
抱きしめられ、身体がくるりと反転する。
露になったのは慎ましやかな胸ではなく、ぺったんこでもなんらおかしくのない背中。
なぜか、後ろで息を呑むような音がした。
何を、驚いているのだろう。普通じゃないか。誰にだってあると、親も言っていた。
悪いことをしたら叱る。普通だ。
最後に鏡で見たときは、青と黒の痣と、それから多数のミミズ腫れ。鞭で叩かれた痕だ。
それでも水泳の授業は受けられるように、夏は腹を中心にしてくれていた。
この世界に来たのは、水泳の授業がちょうど終わった頃。
消えた傷の分まで、多く叱られた。夏休み明けのテストの結果があまりよくなかったから。
必死な顔で、ああ、そうだ、親を悲しませてしまったのだ。
こんな、出来損ないが生まれてしまったから。
嫁たちも思っているのだろうか。
こんな出来損ないを旦那にしてしまって、悲しく思っているのだろうか。
「これ、は、藪の中につっこんじゃって、こけて、いろんなとこを打っちゃっただけで」
ダメだ。施設の人が来たときと同じ言い訳じゃないか。
ダメだ。これじゃあまた連れて行かれてしまう。
普通なんだ。これは、普通だって言っていたんだから。
サヤカちゃんを突き飛ばそうにも、川が流れているから突き落としてしまいそうで怖い。
砂が、足の指にくい込む。無意識に丸めていた足の指を見られてしまったようで、かすがが小さな声で私の名前を呟いた。
もうそろそろ秋が終わる。
曝け出した肌に冷たい風が当たるたび、鳥肌が立った。
気づいたサヤカちゃんが、ようやく服を着せてくれた。
もう一度くるりと身体を反転する。
皆の表情は見ないようにして、松永の姿だけを探した。
見つからない。
やまない爆音と銃声と悲鳴が、遠くに聞こえた。
「っか、帰らなきゃ。ごめん、私帰らないといけないから」
「黒兎どこへ帰るつもりだよ! こんな傷をつけられてまで……っ!」
「悪いことをしたから叱られただけだ! みんなだって、私が悪いことしたら怒ってくれたじゃんか!!」
伸ばされた手を振り払う。叫んだあと、慶次は再度手を伸ばそうとしなかった。
私が悪いことをしたから、教えるために殺してくれたんだろう?
何もおかしいことなんてない。
もし、違うのならば。
視界がぼやけそうになるのを、必死でこらえる。
泣いてはダメだと叱られたことを思い出した。
噛んだ唇から、血の味がした。
「これが可笑しいことなら、お父さんもお母さんも、私のこと嫌いなの……? 本当に、生まれてこなきゃよかった子だったってこと……?」
答えを聞くことはできなかった。
水中から伸びてきた黒い手が、身体にまとわりつく。
次の瞬間、川の中へと引きずり込まれていた。あんなにも恐ろしかった手も、愛おしいほど優しく感じた。