弐拾伍
「黒兎、帰るのやめなよ」
軒猿さんの真意を図ろうと目を細める私を見透かすように、慶次はポツリと漏らした。
すがるような言葉に、苦笑いする。
ごめんね。と小さく謝罪すれば、悲しげな顔で首を横に振られた。
慶次は寂しがり屋だなぁ。あんなにも友達に囲まれているのに。
走っていくと、川辺にたどり着いた。
下ろしてもらうも、手をがっちりと掴まれて逃げることはできない。
気づけば戦っている兵士の姿は殆どなく、戦場の端まで来たのだとわかった。
比較的ゆっくりとした流れの川は、小さめの魚が呑気に泳いでいる。
別に、慶次たちの目的地は川ではなかったみたい。
追ってきた嫁たちの顔を確認し、あーあ、とため息を漏らした。
知らなかったのは私だけってか。
先に来たのは佐助や才蔵、小太郎、足の速い忍の面々。
それからサヤカちゃんや雑賀のおっさんが少し遅れてたどり着いた。
「なに、送別会でもしてくれんの?」
「何故そんなにも家に帰りたがる。ここじゃ……駄目なのか」
「才蔵がデレ……あ、ごめん。だって家族が待ってる。友人も、きっと待ってくれてる。
帰りたい、帰らなきゃいけないんだ」
忍がそんな顔しちゃ駄目だろ。
いたく傷ついた顔をするものだから、こちらまで辛くなる。
そりゃあここに残ることも考えなかったわけじゃない。
居心地はいいし、みんな優しいし、可愛い嫁がたくさんいる。例え化け物でなくても、楽しく過ごすことが出来るだろう。
それでも帰る意思を捻じ曲げるわけにはいかなかった。
幻だとしても、両親が困っている姿を見てしまったのだ。
戻りたい気持ちが揺らぐことはない。
と、視界が思い切り揺らいだ。
「黒兎殿ぉおおおおおおっ!!!」
慶次が腕を離さなかったから揺らぐだけで済んだが、肩が危うい音を立てた気がする。
体当たりしてきた幸村は、必死な形相で縋り付くように抱きついてきた。
破廉恥だと叫ぼうとするも、特有の大声に阻まれた。
「戻ってはなりませぬ!!!」
涙目の幸村に、言葉を詰まらせる。私の代わりに泣いてくれた幸村を、思い出した。
みんなで説得だなんて狡いなぁ。
ジンジンと痛む肩を押さえることも忘れ、私まで涙ぐみそうになった。
嫁たちから逃げる術を思案していると、サヤカちゃんが幸村を引き剥がした。
サヤカちゃん越しに遅れてやってくる嫁たちの姿を確認する。
……武田さんまで来たのか。
「面倒だ。黒兎、脱げ」
躊躇うことなく襟に手をかけたサヤカちゃんに、意識を別の方向へと持って行かれていた私が抵抗できるわけもなく。
次回、ぽろりもあるよ!!