弐拾弐
※ ***視点
「とおしはいたしませんよ」
ぶわ、と辺りを囲う冷気。
地面から突き出す無数の氷の刃が、檻のように閉じ込める。
思いもしない展開になってきたな。今回の『私』は私以上に、物事を引っ掻き回す才能が有り余っている。
我ながら困った才能だ。
かすがが見惚れてしまうのも頷ける綺麗な微笑み。
謙信の刀が届くことはなくとも、足止めするには十分な威力を持つ。
周りは周りで『私』を追いかけたり、自分の軍へと戻ったり、私に対峙したりと各々自由に動き始めていた。
「かみ、とはなんともぎょうぎょうしいなかたがきではありませんか。うそつきはしたをとられてもよいのですか」
「神様なんて自分で名乗った覚えはないさ。勝手にそう呼んだんだろう?」
へらりと笑えば、僅かに謙信は眉を顰める。
私は、この世界の未来から来ただけで、神様でもなんでもない。
物事の事象を捻じ曲げるように見せているが、結局は私の婆沙羅の力でしかない。
嘘吐きは……否定しないけれど。
何百年も前の人間がこんな力を持っているのだから、未来の人間が更なる力を持っていてもおかしくはないだろう。
なんて、とうに姿の見えない『私』に心の中で説明する。
「あまり、あわてないのですね」
「そりゃあね。計画はいくつか立てるものさ。たった一つの計画じゃ、それが崩れたとき面倒だから。謙信が動くかもしれない、と視野に入れていたよ。
ま、市まで動くとは思ってなかったけれど」
「あら……、呼んだのは、あなたでしょう……? 市は兎さんのこと好きだもの、市のことも、それから兄様のことも嫌わないから」
首を傾げ、仄暗い笑みを浮かべる人妻もとい市。
真っ黒な手が追いかけていくのは出来れば止めたかったなぁ。捕食しようとするし。
さて、残ったのは誰かな。
謙信。浅井夫婦。徳川軍、豊臣軍。伊達軍。それと久秀。
思ったより残らなかったなぁ。それに残らないと思っていた人間が残って、残ると思っていた人間が残らなかったのも意外。
「聞きたい事があるんだろう? いいよ、答えてあげる」
「あんたの目的を教えろ」
二歩、前に出た政宗。小十郎が遅れて一歩出る。
おっと、早速核心をつこうとしてくるとは。
猪突猛進と思いきや、炯眼の持ち主らしい。片方だけとはいえ、強い視線に肩を竦める。
今更、遠まわしな言い回しはよろしくないな。
簡潔に答えさせてもらおう。
「世界を救うこと」
勇者みたいで格好良いでしょ?
茶化すように笑えば、冗談だと受け取ってくれただろうか。
残念ながら冗談ではないし、こちらもなりふりかまっていられないほど切羽詰っている。
秀吉に視線を寄越し、なじるように笑んだ。
「強大すぎる力は、結局掴んだものを壊すだけだよ」