弐拾壱

「では、餌になってもらおうかな!」


楽しげに言いはなつ神様は、自分の命などどうでもいいのだろう。
世代交代となれば、自分だって用なしになってしまう筈。
それでも嬉しげに笑うのは、きっと喋った以上に秘密を握っている。

足元で、砂がこすれる音がする。
無意識にたじろいでいたようだ。目ざとい神様が、細めた目を向けて来る。


「大丈夫だよ、家には帰してあげるから」

「……確認を一つさせてもらう。松永が神になった場合、この惨状はどうなるんだ?」

「それは君が気にすることではないな」

「気にすることだよ。答えろ」

「ふーん……、なら大丈夫だと答えておこうか。悪いようにはならない」


これ以上の問答は無駄か。
嘘は吐いていない。自分で言うのもなんだが、神様が私ならば完全な嘘を吐くのは苦手だ。
ある事を隠すときには、本当のことを織り交ぜるか、一切嘘を言わずに濁すだけで済ませる方法をよく取る。
きっと、今回は後者だ。



「話し合いは終わったかね」

「松永、お前が欲望の儘に世界を動かせる能力が欲しいとは思わなかったよ。
全てが自分の手足のように動くならば、世界が自分ひとりになるようなものじゃないか。つまらないんじゃないか?」

「世界の仕組みを変える力だけだよ。人間の感情を動かせるわけではない。
それに、貰えるものは貰おうと思っていてね。証拠に、路上のティッシュは一つ残らず貰っていた。勿論……カゴごとね」

「ドヤ顔で言われても反応に困る! 未来でそんなことしてたのかよ! 知りたくなかったわ!」

「で、食べるとは具体的にどうすればいいのかね。我々が常日頃繰り返す食事とはまた違うのだろう?」

「説明しよう」


全力でつっこんだのに、完全スルー……だと……。解せぬ。
人差し指を立てて説明しようとする神様を遮った白い影。
涼しい空気が裸足の足を撫ぜる。


「では、そろそろわたくしもうごいてよろしいですね。かいのとら、あなたさまがえらんだみちはあちら。わたくしがえらんだみちはこちらです」

「相変わらず言葉遊びが好きなようじゃな」


突然前に歩み出た謙信さんがにこりと微笑むと、武田さんは肩を竦めた。
足音なく私と神様の間に割って入る。
神様だけが、げ、と顔をしかめた。慌てたように私へ手を伸ばすも、先に謙信さんが腕を掴んだ。
次の瞬間、視界が大きく歪んだ。片手だけの力で投げられた、と気づいたのはその後だ。
受け止めたのは慶次で、想像よりも軽い衝撃で済んだ。


「つるぎよ、けいじのえんごをおねがいします。けいじ、はしれますね?」

「は、はい! 謙信様!」

「っああ、任せろって!」


何がどうなっているのか。
事態の把握が出来ていない私を抱え、慶次が走り出した。
後ろをかすがが追いかける。

更にその後ろを追いかけてきたのは、無数の真っ黒な手だった。


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