拾漆
話が一段落した(私が折れる)ことによって、軌道修正をする。
佐助に殴られた頬も、小太郎にチョップされた頭も、謙信さんに貰った氷でおさまった。


「私が嫌がるならば謙信さんに花婿を選んでもらえばいい。私にこだわる理由を教えてもらおうか」

「困った事に私はミステリアスで捻くれ者、という設定でいこうと思ってね。そういう陰と謎のあるキャラは需要があるらしい」

「※ただしイケメンに(ry の法則を知らないとは嘆かわしいね。
ひとまず私は死んでしまえば元の世界に戻れる事を知ったんだ。これはお前を脅す要素になり得るんだろ?」

「それを許そうとしない者が私一人だと思っているのか?」



管理人の言葉に無言で返す。
心優しい友人たちは私の自害を止めてくるのだろう。
だが私は見たことを思い出した。未来で待つ家族の姿を。家族恋しさに見た夢と笑うには、生々しく、胸が締め付けられそうな光景だった。
私は帰りたい。この世界に来てから薄れかけたことはあっても、消えずにずっとあった想いだ。

だからこそ私の覚悟は、殺すことでも、生かすことでもない。
家に帰ること。そして、理を変えることだ。

今ここで死ぬつもりはない。ここで家に帰ったとしても、後悔ばかり残るだろう。
少しでも後悔を少なくするには、まだやらねばならないことがある。
エゴだと罵られようと、自己にだけでも満足できる結果を。


「決意を簡単には揺るがすことができない、といった顔だね。だが、私が何も対策を考えていないとでも思っているのかね。たとえば、君がどうやってこの世界の知識を得ている、か」


まずい。
口内の水分が無くなっていく。
喉が妙に張り付くし、舌がいつもよりザラザラする。
緊張からか、拒絶する声が震えた。


「君が知っている未来では、真田幸村は武田信玄に仕えることはないし、豊臣秀吉は織田信長に仕えているのだろう」

「やめろ!」

「黒兎殿、どういう意味だ……?」

「我が織田に仕えるとは、どんな狂言だ」


私が知っている未来。私が知っている世界。
やばい。だって、この世界は、誰かによって作られたものだ。
それを知られたら、知ったら、みんなはどう思う。
自分が誰かによって作られた人格だと知ってしまったら。

焦点が定まらない。
誤魔化す為の言葉が浮かばない。
手が汗で湿って気持ち悪い。吐き気がする。
背中にまで汗をかいているのか、少し動くと着物が背中に張り付いた。
着物の裾をぎゅう、と皺を集めるように握り締める。
振り絞る声は蚊のようにか細い。


「言うな……っ」

「それは君次第だな」

「……っじゃあぅぐ」

「自暴自棄になるのは早いだろう、我が婿よ」


不意に後ろから伸びてきた手に口を塞がれた。
皺のない細長い指で口を覆うのは元就の手。
苦虫を噛んだような表情だったが、優しい笑みを私に向けた。
……元就のツンはいつ来るんですかね。


「鳥のように囀ってくれたおかげで、十分な情報は得た。世の管理人とやら、貴様も我の駒には変わらぬわ」

「言ってくれるな」

「老衰の虎よ、貴様は言ったな。取引を持ちかけられたのが一年前だと」

「そうじゃな。そのぐらい前だったと記憶しておる」


武田さんの言葉にフン、と勝気な笑みを浮かべる。
そういえば、記憶を覗いたことで武田さんの言葉をしっかりと聞いていなかったかもしれない。
嘘が入り混じろうと言葉は情報の塊だというのに。

だが、元就が見つけた突破口は、事態をよりややこしいものへと変える起爆剤だった。


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