拾伍



武田さんの台詞に、目を伏せた。ざわり、と空気が乱れる。
神子候補が一人ではない。
神候補が数人いるのであれば、神子候補も何人か居るのだろうと予想はしていた。
そして、なんとなく誰かも想像している。

武田さんの視線が示す前に、目線をそちらにやる。
目が合った謙信さんは、うっすらと、微笑んだ。
慈母のように優しい笑みは、気づいた私を褒めるようにも見える。


「ええ、わたくしですよ」

「謙信様?」

「そんなつもりはありませんでしたが、まるでだますようなかたちになってもうしわけなくおもいます」


動揺するかすがの唇が震えている。
私と同様に神子候補である謙信さん。つまり、死者かもしれないということ。
私の記憶を辿るも、謙信さんが怪我した姿や寝ている姿は見ていない。
私が見たのは浴びるように酒を呑む姿だけ。


「謙信さんは、生きてるの?」

「てんからさずかったいのち、まだうしなってはいませんよ」

「そっか。だから、あんなにお酒をいっぱい呑んでたのか」


腐る身体に怯えることなく、化け物の身体から逃げる方法。それが酒だ。
謙信さんが化け物の力を持っていたとははっきりとは言えないけれど、人間離れした雰囲気からして無いと言いきれない。



「君が婿を選ばずとも、他に選ぶ者がいる。君は神になれないよ」

「……じゃあ、私はいらないわけだ」


極端な例えに、管理人が戸惑うのが見えた。
周りも焦っているが、この際気にしない。
試しに手に力を込めれば、大鎌を取り出すことが出来た。久々に握った割りに重さは一切感じないし、一層手に馴染むように感じる。

自分の首に宛がうのは二度目だ。
半兵衛に脅され、死ぬよう促されたとき以来。
だが、今回はひんやりとした刃の感触がある。今にも獲物を噛みきろうとしている獣のように、薄皮の下の血を狙っているのだ。


「もし、誰のためでも無く自分を殺したらどうなるんだろうね。私は帰れずに、ここでただの骸となるのかな」

「馬鹿なことはやめたまえ。好奇心でみすみす命を失う必要は無い」

「思い返すと私は随分と優遇されていた。死人を生き返らせたり、不治の病を一時的とはいえ治したり、記憶を読む力を与えたり。わざわざ別世界から呼び寄せる必要性も分からない。
なぁ、隠している事が他にもあるんだろう。たとえば、ほら、みっちーの正体とかさ」

「…………覗けないようにしていたつもりだったが」

「ふふ、隠していても詮無きこと。駄々を捏ねる子供は想像以上に煩わしいですよ。いいでしょう? 話しても」



さらり、と傾げた首から長い髪が垂れる。
正体がバレても一切慌てないということは、みっちーにとっては瑣末なことなのだろう。



「私、それから老衰の虎、梟雄。軍神は知りませんが、もしかしたら同じかもしれませんね。
私達は黒兎と同じ未来から来ました」



驚くべき告白に、どっと空気が大きく乱れた。
正確には一度現世に転生し、それから戻ってきた存在。
神候補とは、戦国で一生を終え、そして未来にまで魂を持っていってしまい、再び戦国に引きずり戻された人間のことだった。


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