拾肆
手を掴んだ瞬間、腕をよじり、逆に手首を掴まれた。
手首に強い負荷をかけられ、それでも反射的に蹴りを入れる。
体格差もあり、全然よろけない武田さんは、手首を捻った状態で腕を上げた。痛みで呻く。
しかし、すぐに手は離され、武田さんが居た場所に刃が振り下ろされた。
殺気を一切隠すことのない小太郎が、私をかばうように前に出た。
武田さんに再度近づくのは困難だろう。
だが、少ないとはいえ、情報は得た。
けったくそ悪い現実に、胸焼けしそうだ。
小太郎に礼を言い、へらりと笑う。心が折れてしまいそうだった。
「なんだ、そういうことなんだ」
「……確かに、五分の魂ぐらいはあるようじゃな」
「っお館様! どういうことでござるか!」
「…………旦那にぐらい話したらどうですか、大将」
そう冷めた目で武田さんを見る佐助は、どうやら知っているらしい。
武田さんも観念したように、肩を竦めて口を開いた。
優しげに目を細めるものだから、身体がこわばる。
今更、そんな顔をしないでほしい。お願いだから、もう、何も信じたくない。
「ワシは、あと一年も生きられぬ命なんじゃ」
「え……、ま、まことに、いや……治らぬので……まさか……」
幸村は目を大きく見開き、首を横に振った。
信じられない。いや、きっと信じたくないのだろう。
正確に言えば、武田さんの命はもう尽きているはず。
だって残り一年と宣告されたのは、私に出会う一週間ほど前。つまり、一年前なのだから。
「天下も、上洛も、一年では出来ぬ。いや、出来なかった。
一年前のことよ。この世界の管理人だと名乗るこ奴に出会ったのは」
武田さんは私の後ろにいる管理人を見た。
管理人は今どんな顔をしているのか。
意地の悪い顔を想像し、答えあわせをする気も起きず、そのまま武田さんを睨んだ。
「黒兎の事を聞いた。多くの死を知り、多くの生に出会い、一つの答えを決めるように誘導すれば、病を封じてくれると約束したんじゃ」
「虎のおっさんともあろうものが、死ぬのにビビッて得体のしれねぇもんとcontractしたっていうのかよ。幻滅したぜ」
「伊達政宗殿、貴殿であろうとお館様を愚弄するのは許しませぬぞ!!」
「ha! 真田幸村、お前まで寝言言ってんのか。黒兎の」
「政宗!! っ大丈夫、いいんだ。私のことは私で決着つけるからさ、武田さんの話を最後まで聞こう」
納得のいかなさそうな政宗に、謝罪と礼を言った。
幸村も当然納得いかないようだったが、結局口を噤んだ状態で俯いている。
武田さんを見た。
病を封じる。これは半兵衛にも施されていることだ。
半兵衛もそれに気づいたのか、唇を噛んでいる。マスクで殆ど隠されている目元が不安に揺れていた。
武田さんの次の言葉を今か今かと待ちわびている。言え、言うな。複雑な心境が入り混じった目を知ってか、知らずか。
紡がれた言葉は病とは一切関係のない、だが私には大いに関係のあるものだった。
「神子候補も、一人ではない」