拾参
幸村を殴ろうとするも、あっさりと拳を止められ、なぜかチョップを受け、仕返しに足を踏めば、ビンタを受けた。解せぬ。
色々と思い返しているのか、幸村の顔は服と同じくらい真っ赤に染まっている。
顔を両手で覆い、目いっぱい仰け反る姿は、果てしなく腹立たしい。
悶絶しきった幸村は、ずっと聞きたかった台詞を大音量で叫んだ。
「は、破廉恥でござる!」
「うん、もう、心を殺すことに決めたわ」
「っおなごの顔を殴ってしまうとは、真田源次郎幸村、一生の不覚でござるぁあああ」
「一言つっこませてもらえるなら、顔面殴るよりもっと酷いことされたからな」
特に悪気のない軽い言葉だったが、いっそう傷ついた表情をするものだから、こちらが気まずい。
ついでに他の人らまで辛そうな表情をするものだから、別に気にしてないとフォローする。
本当に全く気にしていないのだが、退屈そうに欠伸をする諸悪の根源である管理人は少しは気にしろ。
お前のせいで殺されやすい体質なんだからな。ちょっとのセクハラで腕を切り落とされるこっちの身にもなってみろ。
「さて、花婿は決めたかね」
「……決めない」
「それが、君の答えか」
「ああ。なんたって、花婿は私だから」
冗談を言っている、と思われたのだろうか。
一瞬の沈黙の後、大笑いする管理人を真っ直ぐと見据える。
真剣な表情に気づき、管理人も口を噤んだ。漂ってくる雰囲気は冷たく、呆れと諦めを織り交ぜている。
怯みかけるが、こぶしを強く握って睨みつける。
「松永に力を与えた結果、地獄を生んだ。みっちーは神になることに興味はなし。ならば私が神になる」
「……君が神になってどうするつもりだ。手に入れた強大な力で、今までの怒りをぶつけるのか」
そう言った管理人の先にいる人物を確認し、顔を強張らせた。
前に会ったときと変わらない姿。だが、今までのように見る事が出来なくて、視線を逸らした。
あからさまな態度をとってしまったが、どうしても目を合わせられず背を向ける。
騙されていた。今まで踏んでいた地面を崩された絶望を感じたし、全然気づかなかった自分の愚かさが悔しかった。
「おや……武田さん、意味は分かっているんだろう。今更どうこうするつもりはないけどね」
「目も合わせられないほど臆病な童が何を言う。優しさしか認められぬか」
武田さんの言葉に勢いよく振り返る。
憐れむような顔に、吐き気がした。知らない顔。知らない人を見ているようだった。
確かに優しい一面しか認められない幼稚さはあるかもしれない。
だけれどこの世界に来て、初めて優しくしてくれた人を、生まれたばかりの雛のように信用していたのだ。
だからといって、どんな言葉で責めようと、自分が惨めになるだけだ。
情けない。本当に、私は、馬鹿じゃないか。
武田さんに歩み寄り、思いっきりねめつける。
頼りがいのある体躯は、不死の魂の入れ物に過ぎない。
何が起きているのか分かっていない周りに説明するつもりはないが、かといって隠すのも面倒だった。
「ああそうだな、子供と言われても仕方がない。だけどな、一寸の虫にも五分の魂がある!」
手を引っつかみ、記憶を、情報を覗き見てやった。