拾壱


「黒兎を呼んでから、もうすぐ一年が経つ。様々な出会いと別れを繰り返し、見違えるほど成長してくれた。自らの腕を犠牲にすることも厭わない程に、大事な人間が出来たのだろう? 私はそれを心の底から嬉しく思うよ」


管理人の言葉に、生えた腕を強く握る。
爪を立てれば、想像どおりの痛みがあった。本物の腕が、生えている。
目を細めて笑う管理人の言葉の裏側がチラチラと覗いて見えた。
武将らを見渡し、くすくすと笑い声を漏らす。


「与えられた力を殺しに活用する婆沙羅者たちよ。泥や汚物に塗れようが宝石は宝石。屍を踏み荒らし生き抜く君らは、愚かしくも美しい」



そう言って、管理人は指を鳴らした。
途端氾濫を起こした川のように、大量の死体が地面に広がった。
管理人の説明によれば、それらは全員が今まで殺した人間たちらしい。
死体の頭が、足に軽く触れ、ざわりと神経が粟立つ。

目を逸らす者。冷たく見下ろす者。青ざめる者。唇を噛み締める者。それがどうした、と前を見据える者。
管理人の意図は読めなかったが、動かずにはいられなかった。
くしゃり、と骸の頭蓋を潰した。
視線が集中する中、青ざめた佐助を見て、笑う。


「前に言っただろ。殺した事を悔やむな。屍の上に立って生きろ。お前の弱さは私が受け入れてやるから」


人を殺すことが善とは言えずとも、悪とも言いきれない世。
戦のない現代だって、人は人を殺す。
死刑を求めるのは悪か。
安楽死を拒否するのは善か。
人を殺すのは悪です。ならば、人を生かすことが絶対的な善だというのですか。

テストと違って答え合わせは出来ないし、どんなに勉強しても安心できる答えを導き出すのは難しいだろう。
歴史を積み重ね、命を継ぎ、何百年かけても見つかっていない答えなのだから。

つまらない、と肩をすくめ、管理人は死体を消した。
潰した頭蓋も跡形もなく消える。


「過去の死で揺らぐ覚悟、ではないか」

「早く用件を言え。貴様の余興に付き合っていられるほど暇ではない」


苛々した顔で、元就が絶対零度の鋭い視線で管理人を睨む。
管理人はやっと用件を言うつもりになったようで、私、そしてみっちーと松永を見る。


「君の予想は大体正解だ。松永久秀、明智光秀、この両名が次の神候補。蒼依黒兎は実験対象。だが、実験対象だけの存在ではないよ。単なる実験対象ならば君を選ぶ必要性は特にない」


喉を鳴らして笑いながら、管理人は私を上から下まで眺めた。
まつさんによって拵えられた上等の生地を使った着物を汚さないようにと、袴をたくし上げていたが、みっともないのかと思って下ろす。


「知らないとはいえ、滑稽な姿だな。いや、無意識の内に気づいていたからこその格好か」

「……お前、話くどいってよく言われるだろ」

「長い語らいが長所なんだ。ちょっとぐらい長引かせたって構わないだろう。花嫁殿」



花嫁?
周りがどよめく中、一人最悪のシナリオを描く。
みっちーと松永を指差し、首を傾げながら笑む管理人を睨み付ける。


「神の子の漢字に惑わされていたようだが、巫女は本来神の花嫁だ。君が選ぶ花婿こそ、神になるのだよ」


嫌な予感的中。血の気が引いた顔をみっちーと松永に向ける。
……変態と、ド変態しか選択肢がないってどういうことだってばよ。
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