漆
一時間も経っていないと思っていたが、強い陽射しに目が痛みを訴えた。
切り落とされた左腕の方が強い痛みを持っているというのに、そんなのお構いなしに痛む目の奥に、人間の身体って本当不便だなと化け物の身体に頼り切っていた自分に気づく。
穴倉の出口は、井戸に繋がっていた。
これ、洒落抜きで迎えに来るどころか、他の人にすら見つけられないようにしてるだろ。
全力投球の悪意を流し、状況を把握するため辺りを見渡す。
といっても陣からそこまで離れた場所に捨てられたわけじゃないだろう。
耳を澄ませば人の声が聞こえるし、馬の足音、甲冑の金属音まで聞こえる。
……いや、流石に音が近すぎるんじゃなかろうか。
首を傾げる前に、才蔵に口を塞がれ、木の陰に連れ込まれる。
悲鳴をあげそうになったが、なんとか飲み込んだ。
こっそり顔を覗かせれば、見覚えの在る御旗。予想外の軍の介入に、目を丸くさせる。
ばれる前に顔を引っ込め、正面を見やると、腕組みをしたまま佇んでいる小太郎がいた。
口を塞がれているので叫べなかったが、代わりに才蔵が素っ頓狂な声をあげる。
北条の旗を見た後だったから、予想がつかなかったといえば嘘になるが、それでも気配なく現れたら驚いてしまう。
「…………」
小太郎の視線が私の無くなった腕に注がれた。
袖で隠れているからバレないと高をくくっていたが、駄目だったか。
口を塞いだ手をどかし、軽く笑う。
「あはは、食べちゃった」
「…………」
「あ、いや、冗談だって。食べない、食べないからっ」
自身の手を口に突っ込もうとする小太郎の手を押しのける。
ナチュラルにカニバらせようとするな!
小声で拒否し、北条の軍勢と呼ぶには数が少ない一行に視線を向ける。
前衛を進む駕籠に、きっと北条の爺ちゃんがいるんだろう。隠居していてくれよ、と声には出さず、ごちる。
「久々の再会だけど、お触りしている暇はないんだ。才蔵、行こう」
「ああ。お前は自分の仕事を全うしろよ」
「…………」
「やるか?」
「…………」
「え!? なんで目と目で語らった上で、喧嘩してんの!? 私置いてけぼりじゃないか!」
才蔵と小太郎も久々に出会ったと言うのに、何故か火花が散っている。
うちの嫁と意思疎通が出来ません。寂しいです。
だって私を巡っての戦いじゃないしね! 聞いたらどっちの足が速いかの争いだったからね!
「そんなのどっちで、も?」
二人の間に入っていった瞬間、才蔵に左肩、小太郎に右肩を掴まれる。
状況を把握できないが、すぐさま嫌な予感を感じとった。
だが、打破する暇も与えられること無く、宙に浮かぶ。
忍二人に肩を支えられた状態で、空を、飛んでいる。
どっちが速いか。
どちらが速くても、遅くても、一番困るのは私じゃないか。
悲鳴をあげることもできず、飛びそうになる意識を必死に縫いとめた。