「嫌だ」

「才蔵、」

「断る」

「何回も言わせないでくれ」

「お前だって」



震えてる。
才蔵の言葉に、一瞬泣きそうになった。
相変わらず真っ直ぐな揺るぎない眼。どんなものも歪ませることなく一直線に見る。
見透かすようにじ、と見つめるものだから、答えた声は上擦っていた。


「どうだろう」


情けない。へらりと笑ったつもりだったが、全然笑えなかった。
太くて頑丈な手錠が冷たい音をたてる。
ひんやりと揺れる影。薄暗い部屋の中、ぼやけた影が自分の存在の危うさを伝えているようだ。
怖いさ、と正直に言えばやっと笑えた。


「だけど、一番手っ取り早い。怯えているわけにはいかないんだ。
痛いのよりも、何も出来ない方が辛い」

「…………」

「切れ」

「…………分かった」



す、と小さく息を吸い、才蔵は刃の大きな刀を取り出した。
舌を噛まないように、と布を噛まされる。
無意識に目を瞑るが、覚悟を決めたのなら見ておけと言われた。
そう言った才蔵は、まるで自分を恨んでくれと懇願しているようだ。
罪悪感でいっぱいの才蔵は、きっと私より苦しい顔をしている。

ばかだなぁ。

私がお願いしたのに。
なんとなく可笑しかったが、流石に笑うことは出来ず。ぎゅ、と拳を握る。


「行くぞ」


着物を極力汚さないように袖を肩までめくる。
才蔵の腕が高く振り上げられ、下ろされた。
瞬間、熱を持った激痛が全身を走る。手錠から離れる事は出来たが、そのまま地面に突っ伏した。
突っ伏す瞬間、自分の手だったものが床に落ちているのが見えた。
強い痛みのせいで、呼吸すらも苦しい。獣のような声が、脂汗が、自分の意思などお構いなしに零れる。
才蔵がてきぱきと止血するのを感じながら、なんとか痛みに順応しようと意識を別の方向へ寄せていく。
……今日の才蔵デレデレだ(当社比)。

止血が終わり、肩を借りて立ち上がる。
口に含んだ布を取り、床に捨てた。袖で脂汗を拭く。


「ありがと。じゃあ行こう」

「大丈夫か?」

「勿論。天下の嫁取り合戦に私が行かないわけにはいかないだろう」


馬鹿。軽く小突かれたが、なんとか地下を出た。
居た筈の軒猿さんが姿を現さなかったことを気にしながら。



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