「卿の色事には、爪の先も興味が無い。飛ばしてくれたまえ」

「おい、こら。さも飽きてきた顔してんじゃねーよ」

「もっと簡潔に話せないのかね。10字以内で頼むよ」


10字だと……?
わざとらしく肩を竦め、遠くへと視線を逸らした松永は、心の底から飽きたといった雰囲気だ。
くっそ、たまには語らせてくれたって良いじゃないか。長くてしつこい語りが私の長所なのにさ。
最近セクハラ回数より、パワハラ回数のが多いし。

いくつか言い回しを考え、なんとか10字以内に収める。


「慶次が邪魔だったんだ」


僅かに目が歪む。
よし、一応正解に近づいているっぽいな。


「私と慶次はあまりに一緒に居すぎる。だから、引き離すために観察するだけだった軒猿さんが姿を現した」

「10字を超えて喋るのはいただけないな。時間切れだ。卿は指を咥えて待っていたまえ。忘れない限り、迎えに来よう」


言い切る前に背を向け、階段を上っていく松永は振り向く様子はない。
声をかけてみたり、荒げたりしてみたが、やはり一切足を止める事は無かった。
だが、時間は稼げた。松永が誰も殺せない状態にすることも今はメリットとなる。

あとは神の決め方を見つけるだけ。
みっちーと松永の記憶を探っても分からなかったから、二人とも聞いていないと考えて間違いない。

松永の姿が消え、薄暗い地下室は静まり返る。
雪国とはまた違った湿っぽい静けさは、どうも居心地が悪い。
石の床に触れている足から上へと冷たさが這い上がる。
季節は秋。まだ夏の暖かさが残るとはいえ、日の光が遮断された地下は肌寒い。
無機質な手械がジャラジャラと金属音を立てた。

そろそろ迎えが来てくれても可笑しくないんだけど。
と、風が前髪をかきあげる。顔を上げれば懐かしい顔があった。


「迎えに来ましたよ」

「……おひさ、叉遊ちゃん」


説明しよう!
叉遊ちゃんとは、女体化した才蔵です! 一回しか登場してないけど、本当はもっといっぱい変化してたよ。ちなみにおっぱいはあんまり柔らかくない! 説明終わり!


「手錠、外します」

「え、なんで叉遊ちゃん?」

「誰か個人に化けるより、ばれる可能性が減るだろ」


目つきの悪さは健在だな。納得。
呆れたように手錠を弄るたび触れる細っこい手がこそばゆい。
笑いそうになったところで、手が止まった。


「まずいな」

「え? 何、まさか取れないとか言うなよ」

「そのまさかだ。鍵がかなり複雑なものな上、手首にぴったりハマってる手錠を壊すと怪我は免れないな」

「……どうでもいいけど、ハメ殺しって言葉エロ「心底どうでもいい」な、殴らなくても……」


冗談はさておき、重量感のある鉄製の手錠は正直壊れそうに見えない。
かといってここで松永を待つのも、そして才蔵に化け物の松永を倒させるのも選択したくない。
一刻も早く私自身が松永を追うのが得策だろう。
手紙を読んでくれた人の中には関が原へと足を運ぶ人も居るはず。

覚悟は決めた。もう後戻りは出来ない。
ならば突き進むしかないじゃないか。例え恐怖や痛みを伴うとしても、振り払ってやる。
ひとつ深呼吸をし、思案する才蔵に声をかける。


「才蔵、前に腕相撲やったの覚えてる?」

「またどうでもいい話を……」

「違うよ。なぁ、あの時私って負けたじゃん」

「……お前、まさか」


賭けの内容を思い出してくれたようだ。
普段なら軽口として叩く冗談だが、今回ばかりは本気。
両手ではなく左手だけ繋がられていたのはこの為だろうかと邪推しながら、ひきつる口元を必死に吊り上げ、笑みを模る。

左腕切っちゃって。

震えそうになる声を絞り出すと、小さく罵られた。

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