素直に喋ってくれた松永に、堪えきれず笑みを零す。
同時に嘔吐いてしまったが、馬鹿馬鹿しい気分に酔っていたからか、気にはならなかった。
気づいていたよ。
鞘を喉奥まで入れられているせいで、言葉にならない声が地を這うように流れ落ちる。
このまま吐いたら、松永の刀すっごく臭くなるけどいいんだろうか。
吐瀉物塗れの刀持って戦うの? マジで? ふざけた考えが松永に伝わったのか、枷で繋がれた手を足で壁に縫いとめるように押さえつけられた。
じわじわと甚振るかのように踵が手の甲へと抉りこんでくる。
顔を思いっきりしかめ、睨み付けると、至極満足げな笑みを返された。

ドエスめ。

痛みには慣れているとはいえ、鈍感というわけでもなく、痛いもんはやっぱり痛い。
喉と手の甲に苦痛を与えられ、体力が削られていくのが分かる。
うぇ、そろそろ吐きそう。
鼻息が荒くなってきた頃、やっと喉が開放された。突如酸素を得、大きく咳き込んだ。
生理的に滲む涙を拭うことも出来ず、吐き気と喉の痛みに項垂れる。


「やれやれ、ついやり過ぎてしまったよ」


ついってレベルじゃねーぞ。
悪態をつこうにも咽ているせいでそれどころじゃない。
搾り出した声は情けなくも掠れていた。


「私を観察していたのは、軒猿さんだろ」

「卿にはお見通しというわけか。どうやってその答えに行き着いたのかご教授いただきたいものだね」

「接触してきたタイミングだよ。ずっと見ていたという割にはあまりにも接触を避けている。だけれど、何故か毛利のところでは自ら出てきた……ゲホッ」


声を出しているだけなのに喉が悲鳴を上げる。
また咽こんでしまい、言葉を続ける事が出来ない。
風邪を引いた時のような倦怠感と咽頭痛。
それでも軒猿さんの目を通して知ったであろう出来事を、私の目線にて語った。

毛利の屋敷であった事、一部始終を。


鶴ちゃんが遊びに来ると聞いた日。
元就に慶次という弱点をつかれ、思索していた。
実際に傷つけられたりするかどうかはさておき、慶次を人質に取られることは間違いない。
だが、慶次を傷つけたくないとはいえ、毛利軍勢を蹴散らして敵に回すリスクを負ってはわざわざ九州にまで行った意味がない。

理由は不確かとは言え、元就が自分に好意を持っているのは確かだ。
身体的な強さよりも強力な武器は情報と知恵。元就もよく知っているだろう。
どうにか元就を出し抜けないだろうか。
そう悩んでいる最中、軒猿さんが現れた。



ここが可笑しい。



出てくるタイミングがあまりにも不自然だった。
謙信さんの命令でついてきたという割には謙信さんの紹介がなかったし、私も慶次も命を失いそうなほど危険な目に遭ったザビー戦の時にまで出てこなかったのに、軟禁されるかもしれない、という比較的安全な場面で出てきた理由。
軒猿さん本人にも尋ねたが、あの時は慶次を助けなかったことに対する怒りが強く、冷静に聞ける余裕がなかった。

軒猿さんは戦う力が弱い+慶次が怪我するかもしれない=だから助けられなかった。

軒猿さんの答えは果たして正しいものだったのだろうか。


「言葉を鵜呑みにしていたけどさ、実は元々軒猿さん(仮)は私に姿を見せる気はなかったんじゃない?」

「卿の考えは仮説であり、結果論ではないな。根拠がない」


手械のついていない右手の人差し指を立て、松永の言葉を制す。
話はこれで終わりじゃない。反論は続きを聞いてから。
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