壱
油断していた。
自分の体たらくぶりに、舌打ちする。
普段は食料でも保存する場所なのだろうか。
穴倉を覆う空気はひんやりと冷たい。だが、左手に繋がれたのは更に冷たく、そして重い手錠。金属製の見るからに頑丈そうな手錠と、小さな石を積み重ねた壁へと伸びる鎖は、刀でも切れそうにない。
かび臭い部屋に純粋な乙女を閉じ込めるなんて。もしやエロ同人のような乱暴をされ……!?
「しませんよ」
「うん、分かってた」
「貴女が血まみれになるか、死体になるかしたら、ギリギリといったところでしょうか。殺してしまいたいと噴出す情欲を止めるのが大変ですよ」
「うん、それは知りたくなかった」
私を閉じ込めた犯人であるみっちーは、何の感慨もなく私を見下ろす。
別に私をどうするつもりもないようで、つっこみを入れただけでそのまま背中を向けた。
え、まさかの放置プレイ!? いくらなんでも置いてけぼりは困る、状況すら掴めていないというのに。
場所も分からない。
関が原近くではあるだろうけど、自力での脱出は不可能だ。
気絶したであろう場所も悪い。
記憶を呼び起こすと、他から離れていた松永を後ろから襲撃しようとタイミングを見計らっていたときに途切れている。
つまり、人に見つかりづらい場所で気絶させられ、どこか分からない穴倉に閉じ込められているのだ。
慶次あたりが探してくれているかもしれないけれど、みっちーや松永に見つかった際が面倒だ。
相手は変態と化物。あれ、それって不死の時の私じゃね? なんて無粋な突っ込みは今は置いておく。
暗闇に慣れてきた目が、みっちーの表情を識別した。
部屋を出る寸前に振り向いたみっちーは、確かに微笑んでいた。まるで挑発……いや、期待するかのような笑み。
意図を汲み取ることは出来なかったが、その挑戦、しかと受け取った。
神候補は一人で良い。二人も要らない。
「なぁ、松永」
みっちーと入れ替わりで穴倉に入ってきた梟雄を見上げる。
無表情だったみっちーとは正反対にさも愉しげな表情を浮かべ、足音をわざと鳴らして近づいてきた。
刀の鞘で顎を持ち上げられる。
だが、持ち上げられまいと顎に力を込め、どうでもいい攻防戦を繰り広げてしまった。
プルプルと震える鞘に、ああ、やっぱり。と笑う。
「化物の成り損ないはお前だったんだな」
「卿の勘の鋭さはたまに目を見張るものがあるな。いやはや、賢い子供は嫌いではないよ」
パチパチとゆっくりとした拍手。
きっと地獄の業火はこの男の目ぐらい濁っているのだろう。
細められた目は私を映している筈なのに、その先に地獄を見据えているかのようだ。
「好きでもないがね」
そりゃどうも。軽い会釈をしたかったが、鞘が顎の下にあるせいでそれも出来ない。
きっと私の目も同じくらい濁っている。
地獄ならとうに見た。何度も、何度も、見た。
その度に追い返されてきたんだ。
「大好きな嫁達に地獄を見せるわけにはいかないんでね。松永、私が神になるよ」