名前のない幸せ
「佐助! 私だ! 結婚してくれ!!」
「もう嫁じゃん」
面倒くさい。投げやりに返事すると、黒兎が黙った。
……しまった。
すぐに弁解しようと口を開くが時既に遅し。
きらきらと目を輝かせ、幸せいっぱいだと言わんばかりに俺に飛びついてくる。
寸でのところで避けると、そのまま木に顔面からぶつかる黒兎。
痛そう、とは思ったが、心配などしない。
痛覚のない黒兎にそんな心配など無用だし、気を使って黒兎を受け止められるほど化け物でもない。
黒兎と共に倒れる木を見届け(薪分の木を切る必要が無くなった)、可哀想にその木の上に巣を作っていた鳥が飛び立った。
黒兎を見ると、てっきりそのまま地に伏せてるかと思いきや、素早い動きで何かを受け止める。
だが、受け止めた場所が悪い。足場を確保しないのは黒兎の悪い癖だ。
ゴツゴツとした幹の上に足を乗せた黒兎は、足を滑らせ、再び地面に身体を伏せる。
急いで駆け寄り、黒兎の手から離れたものを受け止める。
「なーにやってんの」
「ナーイスキャッチ」
擦りむいた足を気遣うことなく、親指を立てる黒兎に溜息をついた。
黒兎が先程受け止め、俺様の手にあるのは鳥の巣。
親に逃げられた雛が口を大きく開け、俺様を見上げていた。
うわー、間抜け面。
どっかの誰かさんみたい。なんて、その誰かさんを見下ろし、思う。
てい、と頭を足で踏みつけると蛙のような声を出した。
このどえす! さどすけ! とよく分からない単語を叫ぶ様はなんとなく面白い。
「南蛮語分かんないってば」
「ナイスキャッチは、よくやった。どSはいじめっ子だよ」
「嫌いな人しか虐めないから安心してよ」
「え、どこに安心する要素が!? 一欠けらもなかったよね、ねぇ!?」
「雛は無事だよ」
「あ、それは安心」
本当に単純。化け物のくせしてお人よし。
お人よしと見せかけてたまに宿す狂気は恐ろしい。
足を押しのけ起き上がると、巣の中を覗き込もうとした。
緩やかに揺らされるは悪戯心。
腕を上げると態度とは対照的に小さい体は巣を見ることが出来ない。
からかわれてる。
すぐに気づいて飛び上がるが、俺様も忍。
巣を抱え込むように飛び上がり、鳥を使って黒兎よりも上空を浮遊する。
悔しそうに地面へと戻っていく姿に、堪えきれず噴出してしまった。
「嫁の馬鹿ーっ! 私達の子供なのに、旦那にだけ見せてくれないなんて酷いじゃないか!」
「誤解招くようなこと言わないでよ。不快だから」
面倒くさい。と地面に降りると、わが子雛よーっ! なんて叫びながら駆け寄ってくる。
あまりに間抜けな顔をしているから足でも引っ掛けようと思ったが、俺の足が砕けそうだからやめておこう。
巣を慎重に受け取る姿は、やはり自分の力に怯えているのか。
雛を見た瞬間綻ぶ顔はただの子供だというのに。
旦那とはまた別の面倒さがあるが、手のかかる子供が増えたような感じ。
騒がしい日常が嫌だとは思っていない。
出来れば忍びたいけど。
一応俺様忍だし。
重労働の割りに薄給だし。
何故か嫁だし。
騒ぎに駆けつけてくるであろうもう一人のでっかい子供を待つ間、
俺は誰にも気づかれないように緩む頬を抑え込んだ。
名前のない幸せ(よし、こいつらの名前は佐助と幸村と信玄と才蔵で決定な!)
(はぁ!?)
(あ、才蔵が佐助を虐めてる!? 下克上萌え!)
(じゃあさっき倒れた木が黒兎ね)
(今日の薪確定!?)