神子は夜逃げしました
丑三つ時。
魑魅魍魎が蔓延ると言われている時刻。
若き虎の子の声が響き渡る。
「鍛錬に何の関係があるのでございまするか、お館様ぁあああああ!!」
「旦那そういうの苦手だもんねぇ」
武田式肝試し大会。
お館様曰く鍛錬らしいが、体力馬鹿である幸村には些か納得できないらしい。
馬鹿者! という叫び声と同時に幸村が吹っ飛んだ。
言わずもがな犯人はお館様だ。
「精神を鍛えずして最強の武人にはなれぬ!
己の恐怖と立ち向かってこそ、真の強さを手に入れられるのじゃあ!!」
「お、お館様ぁああああ!! この幸村が間違っておりましたぁあああああ!!」
真夜中なのにうるさいなぁ。
また苦情来ちゃうよとため息をつくおかん……ではなく佐助。
最初に言ったとおり、草木も眠る丑三つ時。真夜中の2時だ。
現代だったら訴えられそうな時間帯だよ。
「では、幸村! 怪談話を始めるぞ!」
「か、怪談話でございますか!?」
「佐助、働けぃ!!」
「これ時間外労働じゃないんですか?」
怪談話……。
雰囲気を作るためには必須だな。
強制参加させられた兵士たちが喉を鳴らす。
佐助の怪談話、興味はあるな。
どんな風に語ってくれるんだろう。
「佐助、そこまで怖い話はいらぬぞ?」
「どうでしょうねぇ」
ニヤニヤと笑う佐助に、幸村は怯えを隠しきれていない。
戦国一の兵も形の無い妖は怖いんだな。
佐助は形のいい唇で弧を描く。
「俺様がね、まだ忍として技術が幼かった頃の話なんだけど」
思い出すかのように淡々と喋る様子は、怪談話慣れしている。
まだ何も起きていないというのに幸村は拳を硬く握り締めていた。
さぁて、私は誘われる前に逃げとこう。
神子は夜逃げしました (む、黒兎の姿が見えぬが)
(旦那、誘いに行ったんじゃなかったの?)
(……忘れていた)
(おっかしいな、黒兎の部屋行っても姿見当たらないんだけど)
(おかしいのぉ)
(……か、神隠しでござるぅううううう!!)