曖昧な記憶、関係、境界線
「卿は、」
何やら黒蒲公英が言い出した。
と冷たい視線を送ってみる。
遊びに来たのは良いものの美声三好三人衆や、小太郎の姿は見えず。
いるのは指パッチンを構え、茶に誘ってくる紳士。
私が松永の誘いを断るわけないし、脅しにも屈しないことを知っての交渉。
松永が立ててくれた茶を啜りつつ、私は動きを伺ってみる。
今日は毒は入っていないらしい。
その証拠に口元についた茶の泡を拭われ、舐められた。
端から見たら甘々カップルだが、甘い雰囲気も何も感じないのは愛も情もそこには無いから。
あるのは互いの興味だけだ。
「私の名前を覚えているかね?」
「は……?」
名前って、えー、名前だよな。
突拍子の無い発言に、口をぽかんと開く。
「松永だろ?」
「そちらではないよ」
「梟雄」
「それも違うな」
「天我独尊」
「未来での通り名かね?」
「……黒ヒロシ?」
「……いちいち卿は不可解な発言が多い」
不機嫌そうに溜め息をつく松永。
思わずそれはあんたもだよと言いたくなったが、いい年こいたオッサンが拗ねてるんだ。
多分私に非があるのだろう。
そう考えないとイラついて、松永の白髪だけ残して髪の毛毟ったろうか、とか考えてしまう。
「私には松永の望む答えが分からない。なんて呼べと?」
「……卿はいつも名前を呼ぶとき、悩んではいないか?」
ギクリ、と身体がこわばる。
全てを見透かしたように細められる目。
低い声は優しい口調だというのに、叱責されているような感覚に陥る。
そう、確かに私は悩んでいる。
名前を呼びたい。呼びたいのだが…。
「名前を呼んでみてはくれないか」
二度目の問いかけに、なんか馬鹿ップルみたい、と茶化してみるが
松永の目が更に細められたのを見て、名を呼ぶことを決める。
「ひ、秀久…だっけ」
遠慮がちに言うと松永の様子が可笑しい。
「あ、久秀!?」
すぐに訂正するが、松永は声を出して笑い始めた。
豪快に笑う松永に動揺するが、なかなか笑い声は止まない。
「ははっ、卿は面白いな」
「目笑ってないんだけど」
顔が全然面白そうじゃない松永が指を鳴らしたと同時に私は花火となって散った。
曖昧な記憶、関係、境界線 (卿、今までにないくらい綺麗だったよ)
(初めて綺麗って言われた!)
(……卿はやはり面白いな)