参拾弐
長政の言葉に雑賀のおっさんが顎鬚を手で摩りながらため息をついた。
太ももに巻いたベルトに挿した特殊な形状の銃を手に取り、空を撃ちぬいた。
二発。銃声が戦場に響き渡れば、遅れて各地から同じような銃声が二発轟いた。
青い空に小さい雲のような狼煙があがる。
きっとそれが合図なのだろう。
早い決断は軍を生かす。優柔不断は良い結果をもたらなさない。
撤収し始める雑賀衆に、偽の浅井兵。前にも偽の兵士を見たな、と遠く考えた。
長政を下ろし、浅井軍兵士の撤収も呼びかけようとした途端、銃弾が私の肩を貫いた。
背後からの突然の襲撃に振り向けば、浅井長政の義兄である織田信長がそこにいた。
撤収しようとした雑賀衆を足止めするように橋の中心を歩いている。
橋の向こうに織田の御旗が見えた。
第六天魔王と呼ばれるだけある禍々しい邪気を覆った織田信長は、何も言わず二発目を私の足を打ち抜く。
それでも膝をつかぬ私に、信長は長政に狙いを変えた。
何がなんだか分からないが、どんどん悪い方向へと転がっている。
化け物一人でなんとかなる問題ではなさそうだ。
みっちーも織田軍を撤収させろよな、馬鹿!!
手で銃弾を受け止め、心の中でみっちーを罵倒する。
さて、ここは信長に帰るように命じるか、はたまたプロポーズをするか。
最大の決断のとき……なんてふざけてる場合じゃないよなぁ。
自分の危機であれば平気だが、今は全員の命が危うい。
突如地面が陰った。
空から降ってきた巨大な針が、地面に突き刺さる。
そこから溢れ出てきた毒々しい瘴気は、文字通り毒の霧のようだ。
……これが狙いか。近くに刺さった針は鎌ですぐさまぶち壊すが、瘴気が薄れる気配はない。
他にも同じものが何本も別の箇所に刺さっていることだろう。
浅井、雑賀、織田をまとめて消そうとしている。
豊臣の狙いはこれか。えげつない事をしてきやがる。
協力を仰ごうとするも、雑賀のおっさん、長政、信長の三人でにらみ合っている。
刀と銃口を向けられた信長が低く唸った。
「長政、雑賀の鴉、余を誰ぞ思っている」
「……これより貴殿を兄と呼ぶのは終いだ。この浅井長政、正義のために刃を貴殿に向ける!!」
「ちょい悪親父がてめぇだけだと思うなよ」
「雑賀のおっさんは黙っとけ。お前ら、今の状況分かってんの!? 終いにゃどつくぞ!!」
全員の命が第三者の手によって崖っぷちなんですけどね!!!
普通こういう時って一時休戦になるんじゃないの!?
お前ら本当に婆沙羅人だよね!
久しぶりに鎌を取り出し、一番問題になりそうな信長に駆け寄る。
当然銃弾が体に埋め込まれたが、化け物の体はそんなもので怯まない。
鎌の柄で強めに鳩尾を突けば、呻いて蹲った。
武器を奪い取り、銃と刀二つまとめてへし折る。その隙をついて信長の眉間を狙う雑賀のおっさんが撃った銃弾を鎌で弾いた。
「今は殺し合いしてる場合じゃないだろうが」
「こんな機会めったに来ねぇ。火種は消しておくに限んだろ」
「っなんでこんな時でも殺すことしか考えられないんだよ」
蹲りながらも信長のマントが腕を引きちぎろうと蠢く。
ぎちぎちと肉が痛めつけられる。
浅井の兵と織田の兵が刀を交え、雑賀衆の銃声が霧を裂く。
戦火は毒の中でも弱まる気配などない。
毒霧が刻一刻と人々の体を蝕んでいるというのに。
こんな世界、絶対に可笑しい。狂ってる。
時代が狂っているのか、人が狂っているのか。
私には分からなかったけれど。