参拾壱


五発すべて打ち終える前に市を抱えて戦国最強砲から離れ、姿勢を低くしたまま伏せた長政へと走った。空いている左腕で掴み起こす。
戦国最強砲からは爆音が轟き、大砲の弾が飛んでいった方向からは悲鳴があがった。やはり人が居たらしい。
火縄銃を持った兵士が倒れているのを確認し、小さく舌打ちをもらす。

形勢が悪い方へ傾いている。半兵衛やよっしーは何をしているんだ。
雑賀衆のおかげで豊臣側に傾いていた筈なのに、秀吉が前に出ないなんておかしい。

もうひとつの疑問。
竹中半兵衛、黒田官兵衛、大谷吉継。三人の軍師が揃っている豊臣、その上秀吉本人のカリスマ性と強靱な肉体、左腕の石田三成、徳川家康と本田忠勝まで居る。
それなのに化け物である私を雇った理由。
武田を去り、北条を裏切った経験もある。好色家だが、様々な軍を渡り歩く浮気性。
長い間近くに置くことが出来ないのを承知で雇ったのだ。
この浅井との戦の為に。



何故、もう少し深く疑問を抱かなかったのだろう。
市と長政を抱えて走りながら、己の思慮のなさに歯噛みする。



よく考えれば、浅井との戦にこんな多くの兵を駆り出す必要などない。
ならば目的は浅井以外のもの。
本陣の入り口を固めた雑賀衆の中にサヤカちゃんを見つけ、すぐさま声をかける。



「サヤカちゃん、逃げよう! 撤収!!」

「浅井の総大将とその妻を抱えて、何を」

「説教もお仕置きも後で! 私の勘違いかもしれないけど、あ、雑賀のおっさんは!?」

「長なら本陣に突っ込んでった筈だが」

「ありがとう!!」

「もしや私たちを処分する気だな!! 悪!!」

「そうなの? 市、怖いのも痛いのも嫌い……」

「逃がしたいのは山々だけど、ここで二人を手放したときの方が危ないんだよ!」



説明するのもわずらわしく、怒鳴って本陣に戻る。
市がめそめそと泣くが、慰めるのは長政に任せよう。
一応本陣を出るときに橋を落としたのだが、即興の簡単な橋がかけられ雑賀衆が本陣を乗っ取っている最中のようだ。

本陣では雑賀のおっさんが先陣を切って、衆の士気を上げている。
兵士に囲まれながらも私の姿をすぐに見つけたおっさんは、鋭い視線で他の兵士を確実に打ち倒して道を開いた。



「何やってんだ、がきんちょ」

「撤収の命令をして。豊臣の狙いは浅井じゃない」



理由を言おうと口を開きかけるが、腕の中で長政がもがく。
黙らせようと腕に力をこめようとするが、長政が兵士に向けた怒声に力が抜けそうになった。
疑惑が確信へと近づいた瞬間だった。



「貴殿ら、誰の許しを得て勝手に正義の御旗を掲げている!!」


本陣に居る浅井の御旗を掲げた兵士は、浅井軍の兵士ではなかった。

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