弐拾玖



薄いサテン生地を重ねた丈の短いスカート。
パニエを下に履いてボリュームを出しているから、動く度にふわふわと揺れる。
魅せることを目的としている服が空中バック転に耐えられるわけない。
言い訳させてもらえるとしたら下にスパッツ履いてるからね!

フリーダムな五本槍に近くにあった柵を外して投げる。
一応化け物並の力を顕示することが出来ただろう。

どよめく兵士達に再び向き直ると、陣の中心に兵士に護られるよう囲まれた美女が一人。
陶器のように滑らかな白い肌、黒に淀んだ眼、重たそうに伏せられる長い睫毛。
腰に落ちる黒髪は艶やかで、見る者を破滅に追いやる背徳的な美しさがある。
まさに傾国の美女。お市の方が長刀を握りしめ、不安げに揺れる目でじっと見つめてきた。
多くの美男美女に出会ってきた私にそんな目を向けてもムダさ。
当初のテンション高めの私ならばヤンデレ美女にビッタンビッタン悶え苦しんでいただろうが、今ならば素敵な太ももですねと挨拶が出来るよ。

……浅井の姿は無しか。

西洋を連想させる身なりに、不可解な登場。
敵か味方か判断しづらい上、どこの軍かすら今一分からない状態。
名乗りもふざけていたせいで兵士も対応に戸惑っているようだ。
改めて自己紹介しようか。
首を傾げ、ゆるりと笑みを描く。



「うーん、やっぱりこれじゃあインパクト薄いか。
不死の神子、蒼依黒兎の名ならご存知?」



ざわり。緊張が張りつめる。
良かった、不死の神子を名乗れば多少なりとも怯えてもらえる。



「私の目的を教えてあげよう。今日の私は紳士的だ。
ヤンデレ美女お市の誘拐という簡単なお仕事に励むよ!」

「皆の者ーっ! 姫様を護れぇえええええええええええええい!!」

「ね、みんな、待って……」



士気を高め、刀を掲げて雄たけびを上げる兵士を仄暗い声が止めた。
ひたり、足音もなく市が一歩近づく。



「市……、この子欲しいわ」

「は?」

「市が可愛がってあげる。大丈夫、怖くないから。おいで……?」

「姫様、危のうございまする!」

「お市たん相手は不死の神子。化け物です!」

「化け物め、姫様をかどわかすとは許せん! 正義の名のもとに者どもかかれー!」

「誰だ!? 今、お市たんって言ったの!」



最近私ツッコミばっかりなんだけど!
モブまでボケるなんて聞いてないよ!

殺気剥き出しの兵士の頭上をひとっ飛びで飛び越える。
市を囲んだ兵士を片手で投げ捨て、市の前に立ち、白魚のような手を取った。
耳元に口を寄せ、軽い笑みを浮かべる。




「たまには旦那から追いかけてもらいたくない?」

「……え?」

「んじゃまあ、ちょいと奥方借りるよー。五本槍、囮よろしく!」

「まさか」
「俺達」
「まんまと」
「はめられたのか」
「え、囮ってどういうこと?」



一人状況理解してないぞ。
市が抵抗しないのを良い事に、よっこいせと左肩に担ぐ。
本陣に入るには橋を渡らなければならなかった。
ということは本陣を出る為にも橋を渡らなければならない。
橋を支える太い縄を鎌で斬り落とし、橋を落とす。

そのままジャンプで向こう側の陸に渡れば、兵士はこれ以上追ってこれない。
騒ぎは既に大きくなっている。
私が本陣を攻めている間に雑賀衆が暴れまわっている。

主要武将を的確に狙い、陣を素早く落とす。
無駄の無い働きを指揮するのがグータラな雑賀のおっさんなのだから信じられない。
長と呼ばれるだけある、ということか。


さて、豊臣が動き出すまであと少し。
浅井夫婦で遊びながら待っておこう。




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