弐拾捌
むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
条件反射で顔面を叩いてしまったので、手加減が上手く出来なかった。
感覚があれば手の痺れや余韻でどの程度の力で叩いたか分かるが、掌に残る感触はぐにゃりと潰した鼻。
鼻血を出して蹲るみっちーを見下ろす。
罪悪感は不思議と湧かない。
どうせろくでもない事を企んで、ここ(姉川)に来た筈だ。
鎌を首に宛がい、抑揚なく脅す。
「織田との戦の件で来たんだろ。浅井は勿論お市も織田に渡す気はないから帰れよ」
「おぉ怖い怖い。何も知らない子供は恐ろしいですねぇ?」
「は?」
「"神子"とは巧い喩えですね。人殺しに慣れていない事にはがっかりだが、何も知らぬのなら仕方がありません」
「……どういう意味だよ」
顔を上げたみっちーはチロリと舐めるような視線を向けてきた。
眉を顰め、目を細め、口を歪め。
まるで憐れんでいるような顔に血が上りそうになる。
馬鹿にされている。
きっと、罠だ。巧みに心を誘導して、私を惑わす事が目的だ。
落ち着かないと。光秀が握ろうとする鎌を手が届かぬ位置まで蹴り飛ばし、改めて睨みつける。
こいつは何も知らない。
「良いんですか? 早く殺さないと帰れませんよ」
……ありえない。絶対ありえない。
コールド・リーディング? いや、そこまで情報を与えてない筈だ。
他の軍でもそれだけはバレないように接していた。
殺したら切断したところが復活していたから、命を吸う闇属性だと判断されていた。
殺して生き返るぐらいには思われていたかもしれない。
だが、みっちーはハッキリと言いやがった。
殺さないと帰れない、と。
硬直する私。見透かすみっちー。
嘲笑う顔も声も気に食わない。
首を落としてしまえ。
誰かが囁く。私の声だ。
前髪をひっつかみ、笑う顔を引き寄せる。
僅かに歪んだものの、すぐに笑みを貼り付ける。
「みっちーがどこまで知っているか分からないけど、帰った方が身の為だよ。
豊臣が浅井を攻め落とす。織田勢も近くまで来ているんだろう?
信長さんに伝えておいて。“約束通り”近々摩訶不思議にて珍妙奇天烈な美少女神子が娶りに参るってね」
「そうですねぇ。巨大な猿なんて食べても美味しくなさそうだ。
ではお待ちしておりますよ。髪の毛一本残らず味わってあげましょう」
「そんなにゲテモノ好きなら私の嫁になっちゃう?」
「さようなら、旦那様。いっぱい殺して、たくさん殺されてくださいね」
睦言を交わすかのように耳元で甘く囁かれる。
腹に重く響く美声で旦那様と呼ばれてしまったら、いくら相手が変態だと分かっていてもクるものがある。
みっちー声がエロいんだよ、うわぁああああん。
と、悶えていても仕方ないよな。
フラフラと元来た道を帰るみっちーが別の兵士に斬られてしまう前に行動に出なければ。
丁度よく五本槍がピンチに陥っている。
台本通り『待ちなさい!』と声を張り上げた後、少し助走をつけ空中バック転二回転。
着地時にスカートと上着の長い裾を翻すのも忘れない。
左手を腰に当て、後ろの髪の毛を右手の甲で掻きあげるように靡かせる。
「五本の槍に、一輪の枯れぬ花(不死的な意味で)。百花繚乱、蒼依黒兎満開!」
「「「「「見えた!」」」」」
「台本通りやれよ!!」
恥ずかしいの隠して頑張ったのに何この仕打ち!
※コールド・リーディング
外見を観察したり、何気ない会話をすることによって相手の事を言い当て、相手の事をよく知っているように思わせる話術。