弐拾肆
※吉継視点
拒絶は、ない。
照れも、ない。
犬にでもじゃれつかれたかのような反応だ。
きゃんきゃんと吠える三成を宥めながら、首を押さえて嗤う神子を見やる。
ちぃとは反応してみせよ。われが面白くないではないか。
強めに歯を立てたからか、僅かだが口内に血の味がじわりと広がる。
呑みこんでもいないのに消えた鉄の風味は、化け物の傷が跡かたもなく消えている事と関係しているのであろう。
「人魚の肉を食らえば不老不死になると言うが、化け物の肉を食らえば如何なるのであろうなぁ」
「千切ってみようか? 意外とハマるかもしれないよ」
ひらひらと手を振る神子は、頼めば指の二、三本悩むことなく千切って寄越すのであろう。
われ相手でなくても、誰彼構わず。
無条件の愛ではない。万人への情でもない。
神子の其れは悪戯に近い。相手の反応を伺いながら手を差し伸べたり、突き放したりしている。
やれ、性格の悪い子よ。
子供の内から悪だくみを考えておるとは困った、コマッタ。
顔の包帯も替え終わり、着物を直し、頭巾を被せた神子はぐるりとわれの周りを回ると、満足げに笑んだ。
手当の必要のない体を持つ化け物に期待などしておらなんだったが上出来よ。
約束通り斬りかかる三成の攻撃を制し、賢人のもとに急ぐよう促す。
明日は浅井へ見舞う爆弾として神子を投下する。次いで雑賀をやれば浅井はぐちゃぐちゃよ。楽しきな。
その為の最終調整をせねば。
自由の利かぬ両足をひきずるように輿に乗り込もうとすると、神子に体を抱きかかえられ、輿に乗せられた。
猩々緋の羽織りをかけられる。
恥ずかしい真似をするなと額を強めに突くが、楽しそうに笑むだけだ。
「旦那が嫁を見送るってのも乙だね。んじゃま、いってらっしゃい」
「あいあい」
「あとで必ず決着をつけるぞ! 忘れるな!」
「どうせ三成が勝つまでやらされるんだろ? 決着つけたいんなら、負けを認める事を覚えなよ」
ちょっかいばかりかける神子のことだ。
軍議にも参加するとばかり思っていたが、あっさりとした態度に拍子抜けだ。
吠える三成の首根っこを掴み、太閤と賢人の待つ本陣へと向かった。
本陣に参ると、太閤と賢人が二人して振り向いた。
三成の声が大きい為、すぐ気付かれたのだろう。
二人は目を見開いて、笑みを浮かべる。
遅れてやってきた暗の笑い声が嫌に耳に響いた。
「愛らしい姿にされたものだな。吉継、頭を見よ」
太閤が指さすのは頭巾。
目立つ赤い布で蝶々結びをされている。
あのときか。
満足げに笑んだ神子の顔を思い出し、悪態をつきそうになる口をおさえる。
三成はこのような悪戯には疎い。悪口でも書かれていれば気付いたのだろうが、赤の蝶々結びを気にするような頭は持ち合わせていない。
それを見越しての悪戯か。
黒田のゲラゲラと下品な笑い声を発す口には数珠を飛ばしてやった。
「黒兎君と遊んでいたのかい? ふふ、妬けるね」
「賢人と戯れるのならば神子も大喜びよな。半兵衛様と神子の楽しげな顔が容易に想像できる故」
特に賢人の顔が。
蝶々結びを解き、二人の元に近づいた。
明朝には浅井との戦が始まる。
神子に詳しい作戦の内容は話していないが、話す必要もないであろ。
地図に印をつけながら、明日の戦の最終調整をする。
配置はほぼ済んでいるが、天候や相手の出方によっては臨機応変に変えねばならない。
幸い雨が降る気配はなく、浅井も織田にばかり気を取られているようだ。
作戦通り事は進む筈。
日は暮れ始めている。
そろそろ神子に動くよう警告せねばな。
きっと忘れて雑賀と戯れていることであろう。
「大谷君、最近黒兎君の事ばかり考えているんじゃない?」
「冗談を」
「どうだろうね。例えば、だよ。黒兎君が官兵衛君と恋仲になったら嫌だろう?」
「……別に気になど。黒田が幸せになるのは面白くないだけで」
「何故突然小生に話題が振られた上、数珠で攻撃されんとならんのじゃー!」
「大谷君、君は気付いていないんだよ。黒兎君を見守りたいし、どこの馬の骨なんぞにやるのは嫌なんだろう?」
賢人の問いに小さく頷く。
にこり。心を見透かすような笑みに、指に力が入った。
「……そう、それは父性愛さ」