弐拾壱

気持ち悪い経験に強い嫌悪感がぷつりと粟立つのを感じる。
家康が助けてくれたから良かったものの、一人だったらどうなっていたか分からない。
化け物の体が如何なる時でも万能ではないということを知った事件だった。

服を着替え、兵糧の確認を終えた私は、少しの休憩を貰った。

元の世界に戻ったら勉強についていけないかもしれない。
ふと浮かんだ不安に、元親から奪い返した鞄をひっくり返し、教科書を取りだす。
改めて公式を頭に詰め直すが、やはり大分忘れかけている。
教科書と問題集を交互に見比べ、ノートに書き込んでいると、黒田のおっさんが物珍しげに覗き込んできた。
試しに簡単な数学の問題を出すと、時間はかかったものの解いてみせた。
それならばとこの時代に言葉を直しながらも、頭を悩ませていた応用問題を出すと、流石に頭を抱えてうんうん唸る。
そうこうしている内に三成やよっしーが現れ、半兵衛と秀吉が様子を見に来て、家康と忠勝が遊びに来た。
いつの間にやら勉強会が始まっていて、私が簡単な勉強を教える羽目になっていた。



「日の本は数ある国の中の一つで、その国々をまとめるのが地球という球体だと。誰が信じられるか。どう見ても地面は曲がっていない」

「とてつもなく大きいからそう感じるだけだよ。三成は一度海の向こうの国を見てみるべきかもしれないな。
全然違う言語、文化、伝統を持っているから同じ人間とは思えないだろうけど」



教えることのほぼ全てをばっさりと切り捨てながらも、興味津々の三成はそれで? と話を促していく。
どうやら三成は地理や天文学が好きなようだ。
よっしーは化学、黒田のおっさんは数学、秀吉は世界史、家康は科学かな。半兵衛はどの分野も楽しそうに聞いてくれている。
全教科の教科書を持っているわけではないから記憶に頼った知識を披露してみせるが、皆それぞれ疑問を持つようで、様々な質問をされた。
特に三成と家康の質問が多い事多い事。
空はどうして青いのか。
海の水はどうしてしょっぱいのか。
星はどうして輝くのか。
なんとか持っている知識でカバーしていくが、疑問が疑問を生むらしく、質問は終わりを知らない。
一刻(二時間)ほど話した後、食事の準備があるからとその場から逃げ出した。

明日には浅井の背中を狙える。
不死の化け物という大砲を一発撃ち込んで、兵を疲弊させることなく浅井を攻め落とす。そしてそのまま織田を狙うのが今回の作戦だ。

浅井長政。北近江の戦国大名であり、浅井家最後の当主だ。
織田信長の実妹である市の方を娶り、義に生きた男。
朝倉との義、織田との盟約に板ばさみにされた彼は早くして歴史から身を引いた。
若くして活躍した武将だけれど、織田に勝てる筈がないのに。
義とはそれほどまでに大切なものなのだろうか。

炊けたご飯を木椀に装いながら、思想を巡らせていると、よっしーに名前を呼ばれた。
振り向くことなく鍋の蓋を開けて様子を見る。
味見が出来ないから料理は極力したくないのだが仕方がない。仕事だ。



「心配しなくてもよっしーのご飯はちゃんと粥に……」

「その点は心配しておらぬ。ぬしは良い子であるからなぁ。仲良くこよしでもしようぞ」



怪しさ抜群だな、おい。
一緒に過ごしてきてよっしーについて分かったのは、素顔を絶対に見せたがらない。そして大嘘つきということ。
甘言ばかり溢れ出る口は心地よい。化け物の体でなければ、心が血と臓物で汚されて麻痺していなければ、ころりと信じてしまいそうな。
甘い甘い、附子(ぶす)のような言葉。砂糖であり、毒であり。気を抜いたら蝕まれてしまう。

まぁ半兵衛相手にも気を抜いたら危ないけど。
一緒にお茶を呑まないかと誘われたかと思えば、強力な痺れ薬を溶かした酒だったし。
黒田のおっさんがつまみ食い(呑み?)しなかったらどうなってたことやら。
私も運は悪い方だけれど、黒田のおっさんは輪をかけて酷いよなぁ。
……今のところ誰にも酒が弱点だとバレていない筈。

包帯ではなく白頭巾で顔を隠し、目だけでニタニタと笑って見せる。
豊臣秀吉に百万の軍勢を指揮させてみたいと言わしめた大谷吉継は浅井長政同様義に生きた人間だと後世に伝えられているが、目の前に居る大谷吉継は義を鼻でせせら笑ってそのまま呑み下してしまいそう。

食事をしているところも見られたくないからと自分の碗だけ持っていってしまったよっしーを見送り、私も秀吉達の食事を盆に乗せた。



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