拾玖

「ったくこんなイケメンの顔を殴るたぁ躾のなってない餓鬼だ」

「どんな育てられ方したらこんなか弱い美少女が男に見えるのか知りたいね。そりゃサヤカちゃん胸でかいけどさ」

「いや、サヤカはあれだ。肉襦袢付けた男だろ」

「お前の見える世界は男ばっかか!」


左頬に出来た痣を撫でながら、雑賀のおっさんは大きなため息をついた。
結局同じ風呂に入っている事に対してつっこむのは諦めた。
久しぶりのお風呂を、失礼なおっさんに邪魔されるのも癪で、風呂桶に背を向けたまま髪の毛を洗う。
石鹸で洗っている為キューティクルが指先から抜けていく。
全く伸びていない髪の毛に、退化もない代わり、成長もない事に気付いた。
ってことは毎日のバストアップ体操は全て無駄だったのか!
いや、逆に考えよう。全然サイズアップしなかったのは、化け物になったからであって、人間に戻れば成長する可能性は残っているのだと。

柔らかな泡を流すと、キシキシと髪の毛が音をたてた。
時間がたてばキューティクルも戻るだろうけど、あまりいい感触ではない。
同じように横で髪の毛を洗っていたサヤカちゃんは、髪の毛の手入れに興味がないようで、見た目より堅めの髪をしている。

背中流そうか。問いかければ、ふ、と柔らかい笑みを浮かべた。
誰かとお風呂に入るなんて修学旅行以来だな。
サヤカちゃんの背中を傷つけないように、木綿の布で背中を磨く。
熱い銃身でもあててしまったのだろうか。火傷の跡がついた太もも。
じっと見ていたのがバレたのか、お前の足は綺麗だななんてアシ●カ顔負けのキメ顔で返される。
照れくさくて雑賀のおっさんを見れば、同じような傷が目立った。
股を開くな、おっさん。タオル巻いている意味がないだろうが。

温かいお湯が気持ちよいのか、いびきをかきながら寝ていた。
手を伸ばして、とりあえず股を閉じておく。
サヤカちゃん曰く、雑賀のおっさんは一日三寝するらしい。寝過ぎだよ、おっさん。
お返しに私も背中を洗ってやるとサヤカちゃんが言ってくれたので、甘えることにした。

この世界に来て、日だまりの下、血だまりに沈んでいた。
殺されてばかりで、襤褸雑巾よりも酷い扱い方をされたこともある。
両腕を落とされて、目玉を抉られて、喉元を裂かれて。
そんなもの全て夢だったというように消える傷。乱世を裸足で駆け回ったが、足の裏にも傷は一切ない。
自分の脚を見つめていると、神妙な顔でサヤカちゃんが覗き込んできた


「足がどうした? 綺麗だと言ったのが気に食わなかったか?」

「え? あ、いや、そういう訳じゃないんだけど……」


そういえば佐助も困った顔していたっけなぁ。
私も同じような表情を浮かべているんだろうか。
人を殺す綺麗な手。逆に考えてみよう。人を殺した手は汚れたまま、綺麗になる事はないんだろうか。
綺麗ってなんだろう。考えすぎて分からなくなってきた。ゲシュタルト崩壊しそう。


「……サヤカちゃんって綺麗だよな」

「そうか? 自分では考えたこともなかったな」

「モテるんじゃね?」

「ふふ、そうでもない。我らは個であり全。雑賀は己だ。自らの手足に惚れることはない」


我ら。雑賀衆のことか。
嬉しそうに雑賀衆の事を語るサヤカちゃんは、きっと雑賀衆のことを愛しているんだろう。
自らに誇りを持っていることは好ましい。
自然と零れた微笑を、綺麗というのだろう。

起きる様子のない雑賀のおっさんを置いたまま風呂を出る。
すると、先に出た三成に遅いと怒鳴られた。
そこまで時間をかけたつもりはなかったが、後で聞くと三成は三分ほどで風呂を出たとのことだった。カラスの行水か。


「黒兎君、君にお願いしたいことがあってね」

「断っていいの?」

「旦那様のお仕事だよ。僕を含めて嫁となった人達の世話をしてもらいたい」

「夜の世話ですね、分かりまっぐふ!」

「黙りゃ」

「顔面に数珠は初体験だ……」


凹んでないかな、顔。漫画だったら顔の中心がめり込んでも可笑しくない勢いだったよ。
早速セクハラできる機会が来たと思って張り切ったのに。
黒田のおっさんの尻を撫でまわすと、気持ち悪いと罵倒された。
反応がいちいち大きくて楽しいなぁ。


「浅井までの長旅の間、忙しくなるよ。頑張ってね、旦那様」


にっこりと楽しそうな笑みの意味なぞ分かる筈もなく、
秀吉の胸を揉もうとした左手を切り落とされながら、右手で敬礼しておいた。

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