拾陸
「で、これがヘッドロックね」
知っているプロレス技をあらかたかけおわると、騒ぎを聞いた半兵衛と秀吉が駆け付けた。
制御しているとはいえ化け物の力でプロレス技をかけていたというのに未だ意識を保っていられるとは、なかなかの精神力の持ち主。
見た目はなよっちいが、強靭な精神力を持っているのだろう。
日は昇り、鶏の元気な声が朝を伝える。
約束通り昼までに帰ってきた私を見開いた目が凝視する。
女王様ルックで現れた半兵衛を全身全霊でスルーし、秀吉にVサインを贈った。
「嫁、見直してくれたかい?」
「ますます僕の飼い主になってもらいたいね」
「旦那様ならぬご主人様になれと」
「ご主人様、僕を飼う気はないかい?」
「あ、アブノーマルなプレイに巻き込まないでください」
あっぶねぇえええ、石田ボイスのご主人様はとてつもない攻撃力があった。
目を細め、残念と笑う半兵衛はどこまでも残念系だ。
秀吉もそろそろ突っ込んでいいんだからね。親友だからこそ注意すべきだと思うんだ。
他人ならば見逃せるけれど、嫁として関わるには見逃せないレベルだ。
寝る時はいつも女王様ルックなんですか。
無言で佇む秀吉は、よく見ると寝ていた。
立ったまま寝てるよこの人。
視線に気づいた半兵衛が、秀吉は朝に弱いと説明してくれたが、それならば無理しなくても良いのに。
寝ている内に、と尻を撫でるとびくりと肩を震わした。
固くてでかい尻はあまり撫で心地が良くない。反応は面白いけど。
振りかぶる三成の斬撃を避け、目覚めた秀吉に尋ねる。
「なぁなぁ、肩車してくれない?」
「貴様、調子に乗るなぁあああ!!」
「別にかまわぬ」
「秀吉様!?」
ふふんと勝ち誇った笑みを向ければ、三成は血の涙を流しながら斬滅の許可を取ろうと叫んでいた。
肩車によってうんと高くなった視界に満面の笑みを浮かべる。
見よ、人がごみのようだ! なんてね。
満足かと尋ねる秀吉に元気よく頷き、暫くそのまましてもらうことにした。
秀吉と三成が手合わせする中、上でゆらゆらと揺れる。
三成の頭って鋼鉄製なのかな。秀吉の篭手が当たると何故か金属独特の高い音が鳴ってるんだけど。
朝早くだからか鈍い秀吉の動きに反して、三成は太刀筋共に動きが素早い。
だが喉元に刃が届く前に、篭手で刀を弾き落とし、地面に伏せさせた。
なんつー力押し。人の事を言えた義理ではないが、思わず声に出して感心した。
たっぷりと秀吉の肩車を堪能した私は、つっこみを貰えなかったことに不満をもらしながら着替えてきた半兵衛の横に座った。
誰がつっこむか、と用意された茶をすする。
正座する半兵衛の横で庭の方へと足を放り出し、体を後ろに反らしながら聞いた。
「そういえば半兵衛は嫁になってくれないの?」
「飼い主になら喜んでなってあげるけれど」
「仮になったとしたら私はどんな目に遭うの?」
「ふふ、やっと興味を持ってくれたようだね。僕が飼い主になった暁には血を吐くほど可愛がってあげるよ」
「半兵衛が言うと洒落にならないよ。やっぱり断る」
「やはりもう一人の飼い主であるサヤカ君に聞いた方がいいのかな。サヤカ君が飼っている君に飼われる、それも楽しいかもしれないね」
「(もうスルーしよう)サヤカちゃんは? どの部屋で寝てるの?」
「つきあたりを右に曲がって、手前から三つ目の部屋で寝ているよ。行かないことをお勧めするけどね」
どうして? 首を傾げる私に、半兵衛は曖昧に微笑むだけ。
行かない方がいい。立ち入り禁止の場所へは行きたくなるし、秘密は誰かに話したくなる天の邪鬼気質な私の好奇心をくすぐった。
僕は忠告したよと溜息が背中を叩くが、探究心が胸一杯に広がっていた。
サヤカちゃんの部屋の前に立ち、おじゃましますと障子を開く。
部屋にサヤカちゃんの姿は無く、膨れ上がった布団が一つだけ。
近づいて布団を捲ろうと手を伸ばすと、手首を掴まれ布団の中に引きずり込まれた。
中には全裸のサヤカちゃん。
半兵衛の件でスルー気力を使いきった私は、全身全霊のツッコミを入れさせてもらった。