拾伍
どこまでも澄み渡る空。だが私が居た世界に続くことは無い。
茜色に染まった空を見上げ、この世界を愛し始めている自分に気付いた。
世界に降り立った瞬間殺されて、理不尽な事がまかり通る。
昨日の友は明日の敵として立ち塞がる。
味も温もりも痛みも感じない薄っぺらい世界から早く逃げ出したかったのに。
人と関わりすぎたな。
なんて思いながら満更でもない自分がいる。
お館様の手を握り、目を伏せた。
温かいであろう大きな手は人を引き寄せ、人を殺す。
「嫁の手が、人を生かす為にあるように祈ってるよ」
「黒兎……。ワシは」
「もう行くね。幸村、佐助、才蔵、みんなに会えて嬉しかったよ。運が悪かったらまた会おう」
早口でまくしたてるように言うと、そのまま背を向けた。
のんびりしていられない。夕日は山の向こうへと沈もうとしている。
走り出すと、背後から声が追ってきたが、脇目も振らず走った。
振り向いてしまえば執着してしまう。長居はしたくない。
ぐんぐんと景色を変える視界に酔いそうになった。
それでも私は、目的地まで一度も止まることなく走った。
ぼやけていたお館様達の顔は輪郭を取り戻し、これから私の励みになるだろう。
お館様も、幸村も、佐助も、才蔵も。嫁たち皆元気にしていて良かった。
一人でも欠けていたら私は正気を保てなかったかもしれない。
きっと殺した相手を地獄の果てまで追いつめて、無惨に殺しただろう。
私を般若に変えるのも、道化へと演じさせるのも、全て人次第。
この世界が変えるんじゃない。この世界の人間が変えるんだ。
よっしーと黒田のおっさんを縛りつけていた場所についた。
ちゃんと二人とも縛りつけられたままで、安心した。
何か余計なことをされていたら、今度は怪我をさせなきゃいけないなと思っていたよ。
荒縄を解くと、意識を取り戻していたよっしーにたっぷりと嫌味を投げかけられたが、元はと言えばよっしーのせいだ。
右から左へと聞き流し、二人を抱き上げ、そのまま走り出した。
当然というかなんというか二人は抵抗するが、放置するには不安だ。
思いっきり殴って意識飛ばした方がいい?
笑いかければ、静かになった。
夜もひっきりなしに走り続けたおかげで、明け方には豊臣の領地に入ることが出来た。
化け物かよ、と呟く黒田のおっさんに今頃? なんて軽口を叩き、地面に下ろした。
「一晩で武田の陣から豊臣まで一往復出来るとはな。小生はお前さんを甘く見てたようだ。化け物、お前さんにお似合いの言葉だよ」
「ぬしはわれらの常識の範疇を凌駕しておるな。策をいとも簡単に抜けでやる」
「お褒め授かり光栄です。じゃあ先に城に戻ってるね」
恭しく礼を一つ残し、城へと足を進める。
豊臣の城は今まで見てきた城の中で一番大きく豪華だ。
史実では派手好きと知れ渡る豊臣秀吉。
ここではそうは見えないが、実は同じように派手好きなのかもしれない。あの慶次の元友人だし。
さて、と。まだ起床するには早い時間だ。
寝ぼけ眼を擦る門番さんに小さな声で挨拶をし、そろりと城へと入った。
鋭い聴覚が素振りの音を拾い上げる。
誰だろう。こんな朝早くに鍛練だなんて。
音の発生源へと向かうと、銀色の髪をがちがちに固めた少年が細い刀で素振りをしていた。
鋭い銀が千代紙のような軌跡を描いて、まるで万華鏡を覗いているようだ。
相手が三成でなければ、素直に褒め称えたい。
「な、誰だ貴様! 不審者め、私が成敗してやる!」
本当こいつ失礼だよなぁ。
完全に私の顔を忘れ、刀を振り回す三成に、卍字固めをきめてあげた。