拾参
一切の躊躇を見せることなく、右頬を正面から思い切り殴られた。
突然の出来事に受け身も取れず転がる。驚いて目を白黒させる私を見下ろす幸村は激昂していて、お館様の声も届かないようだった。
え、ちょ、なんで。
何故そこまで怒っているのか。全く理解できず、何度か瞬きすると答えが返ってきた。
「悪いのは俺なのだから、黒兎が謝ることは許さぬ!」
カッと目を見開き、怒りを表す。握った拳が震えていた。
幸村が悪い事をしたって? 携帯壊したこと? それとも男って勘違いしてたこと?
いくつか幸村にされたことを思い浮かべるも、そこまで怒るほど謝りたいことが思いつかず首を傾げる。
結局幸村の真意を汲み取ることが出来ないまま、突如土下座する幸村を、尻をついたまま見つめた。
「黒兎を殺してしまい申し訳ないと思っている」
「な、そんなこと今更謝られても!」
「武田におられる間、ずっと謝りたいと考えていた! あの場で黒兎にとどめを刺したのは俺だ。
殴りたければ殴ってよい。
まだやらねばならぬ事があるから殺されるのは勘弁したいが、全てが終わった時には殺されてもよい!」
「っふざけんな! そりゃ殺されたときには理不尽だと思ったけれど、それは私が怪しくて殺すに値すると思ったから殺したんだろ。
私はそれに対して恨みも憎しみも抱いちゃいない。
……っ仲間を! 殺させようとするな!」
幸村を殺せるわけないじゃないか。立ち上がり首根っこを掴むと、黒目が震えた。
戦国時代だから仕方ない。死んだことによって自分の生に対して執着しなくなったせいか、諦められた。
あのまま殺されたままだったら恨んだかもしれない。
だけど蘇ったし、一度殺した相手を仲間だと受け入れてくれた。
恨みよりも、感謝の方が大きくなってしまったんだ。
殴りは出来ても、殺すことなど出来る筈がないだろ。
感情を吐露すると、幸村は背中に手を回し、抱きしめてきた。
きっと温かいであろう体を密着させ、頭をぎゅ、と引き寄せる。
「よくぞ、戻ってきてくれた」
「……これは破廉恥じゃないの?」
「男同士で何を恥じることがあるのだ」
うーん、気恥ずかしいけど心地よいから今はつっこまない。
温もりすら感じない体だろうが、心だけは痛みも温もりもありのままを感じる。
涙を流せないことを悲しんでいた幸村は居なくなり、私が帰ってきたことを喜ぶ幸村が生まれた。
いつからだろうか。武田の人達が愛しく思えてきたのは。
頑なにソレを拒否していたのはいつまでだっただろうか。
幸村が離れると、今度は佐助が近づいてきた。
ぽんぽんと頭を叩かれる。
「俺様は謝らないよ、怪しい奴は斬る。それが仕事だからね」
「この行動は? 仕事じゃないよね」
「……おかえり」
仕事じゃないよ、これは。
小さな小さな呟きを拾い、やっとデレてくれたねと小さく笑った。