玖
「っならねぇ! 黒兎は知らんかもしれんが、同盟を破棄してきたのは信玄公だ。こちらがなんと言おうと信玄公は進撃してくるだろう」
「勿論知っている。だから城を明け渡して。でないとこの場で家康を殺す」
「……!」
私の言葉に、忠勝が部屋に雪崩れ込んだ。
武器を構える忠勝よりも素早く家康の首根っこを掴み、抱きかかえるように忠勝に見せつけた。
首をへし折ってもいいし、鎌で引き裂いてもいい。
目の前で主が殺されるってのはどんな気分だろうね。
腕に噛みついたり、わたわたと抵抗されるが、化け物の体に人間への抵抗が効く筈がない。
ぐ、と首にかける負荷を強めると、抵抗が弱まった。
若くして城主になったからか、まだまだ未熟な面が目立つ。
文字通り肉を切らせて骨を断つ戦法を使う私には、忠勝を殺すことも造作ない。
それにここで家康を殺してしまえば、武田の為に殺したことになって、元の世界に戻れるかもしれない。
一縷の期待に想いを馳せる。
「分かった……。武田に城を明け渡す。それで良いのだろう?」
「……!?」
「忠勝、今は耐えねばならん時だ。生きていれば城を奪い返す機会が来る」
にんまりと笑みを浮かべ解放すると、家康は荒い呼吸を繰り返した。
思ったより力を込めてたようだ。
忠勝から強い殺気を受けるが、家康に言われた通り忠勝も耐えているらしい。
史実通りだと武田が同盟を破棄し、徳川に攻め入った時の話は、武田が優勢であったが、途中お館様が病に伏せてしまい、不利に。
お館様の死により、徳川が武田との戦で勝利するのだ。
未来を変えれば、お館様の病も防げるかもしれない。
マグマから飛び出してくるお館様が病に伏せるなんてこと滅多にないと思うけどさ。
家康との取引を黙って見ていた半兵衛が気になるが、藪をつついて出るのは蛇だと先人の教えにもある。ここは敢えて無視をしよう。
「秀吉、聞いた話じゃ北条を攻め落としたらしいけど?」
「あぁ、お前が一人で攻め落としたという北条だ。雑賀と官兵衛の力により無血開城した」
「僕らが今目指しているのは浅井だよ。その後は君の知っている通り、織田を攻め落とすつもりだ」
その前に本能寺の変が起きないことを願おう。
いや、その時は乱入してしまえばいいか。
浅井が織田に攻め落とされると、不幸な結果に陥る。
長政の命を散らすわけにはいかない。柴田さんがいれば良いが、この世界の柴田さんは市を救えない。
人の命を奪うことしかできない化け物が、人を救おうとするなんておこがましいことかもしれない。
でも、出来ることをしない程非情にはなりきれなかった。
家康に武田へ送る書状を書いてもらっている間、破れた巫女装束の代わりの服に着替える。
半兵衛から貰った服はどう見てもコスプレに近い、誰かの趣味が練り込まれた服だったが、文句を言える立場でも無いので大人しく袖を通した。
聞けば半兵衛によるデザインらしく、不思議なことに丈はぴったりだった。
巫女装束よりは動きやすいが、体のラインが出る服だと胸の無さが際立って悲しくなる。
ブラジャーがあればそれなりに盛れるがそんなものは無く、サラシで胸を潰している状態。
ベルトを締めれば、上半身の少年らしさが際立った。下はミニスカとニーソを履いているが、セーラー服で男と間違われた経験があるから安心できない。
着替え終わった私に、半兵衛はよく似合っていると笑顔を零した。
「でも首輪はつけてくれなかったんだね」
「代わりに半兵衛がつける?」
「僕を飼ってくれるというなら喜んで」
「喜んで拒否する」
再びサヤカちゃんが乱入し、家康が書状を書き終わったと報告するまでペット談議は終わらなかった。