上半身を起こした状態の半兵衛を斬ると、皮膚の爛れが収まった。
ビデオを巻き戻ししているかのように、腐り落ちた肉が元ある場所に当てはまっていく。
仕上げに、ぴったりと肉を抑え込むように肌が張り付いた。痛みは、ない。

崩れ落ちる半兵衛を見届けると、秀吉の手が頭を掴んだ。
力いっぱい地面に顔を叩きつけられ、鼻やあごなどの骨が折れる。
それでも一切の痛みを感じないことから、化け物に戻れたと理解した。
回復する間もなく、もう一度叩きつけられるのを止めたのは、床に伏せた半兵衛だ。



「秀吉、やめて。僕はなんともないよ。……僕も驚いているところだけどね」

「半兵衛!? 斬られたのではなかったか?」

「うわ、本当に出来るんだ。病だけ殺すの」

「病だけ……だと」

「半兵衛に巣食う病だけ殺す事に集中してみた。駄目もとだったし、二回目以降成功するとは限らないけど。
殺さないと私は体を維持できないんだ。運が悪かったら半兵衛殺すとこだったから、秀吉の行動は間違っていないよ。
豊臣軍の人達を適当に斬ってまわって、次の目的地に向かうつもりだったし」



なんて都合のいい能力。一か八かの賭けだったが、勝ってしまったようだ。
正直ここで半兵衛を殺してもいいと思っていた。
弱点は知られているし、利用する気満々。大事な人を人質に取られる可能性だって高い。
このまま生かしておいては私が窮地に追いつめられることだろう。
恩を売っておいても絆されるような相手ではない。
死んでもいい、と思ってる人は苦手だ。
戦国乱世を生きているからか、死に対し、誇りを感じている人が多い。
戦場で散ることこそ武将の生きざま。
そんなわけあるか。生きて家に帰れ。待っている人の想いを無下にするな。

半兵衛の病だけ斬った鎌を消し、改めて腰かける。
傷は既に無くなり、綺麗になった顔を半兵衛に向けた。
首の傷までは治してくれなかったようで、失血により顔はまだ青白いままだ。



「この恩を返させてもらいたい。どうせ君の事だろうから碌でもない事を発案するんだろうけど、それ以上に僕は借りをそのままにすることが嫌いでね。
さぁ、君は何を望むんだい?」

「そうだな。その前に質問していい? 徳川と武田の戦はどうなったんだ」

「あぁ君は武田の飼い猫だったね」



飼い猫。家を持ちながら、根なし草のようにフラフラと旅に出ている私を揶揄した言葉か。
慶次と同じようなものだが、根本的な物が相いれない。
人を殺す為に死んでいる私と、生を謳歌する慶次。
この世界で長い間死んでいる為か、生きる事に固執しなくなってしまった。

障子の向こう側から聞きなれた声が呼び掛けてきた。
家康の声だ。入れても良い? 目で訴えると、半兵衛は小さく頷いた。



「どうぞー」

「失礼する。黒兎、カラクリの件だが水に浸かっていた分、情報が消えているかもしれないが、電源は入るようになったぞ」

「ありがとう。電源が入るだけ嬉しいよ」



家康の手から受け取った携帯の電源を早速入れると、新着メールが一件入っていた。

【件名:なし
本文:タイムリミットが刻一刻と迫っているのは気付いているだろう。それまでに殺せないと、今のような苦痛を味わいながら息絶えるぞ。
それと竹中にも言っておけ、病が死んでいるのは黒兎が帰るまでだとな】

節電の為電源を切り、携帯を閉じる。
鶴ちゃんによって伝えられたタイムリミット。
先見の力がどれほどの物か知らないが、評価を聞く限りは信用するに値する。
半兵衛に、メールに書いてあった内容を伝えると、そう、と目を伏せた。



「武田と徳川の戦の件だったね。それなら家康君に聞きたまえ。一番よく知っているからね」

「なんだ、それを知る為に来たのか。おめぇは本当面倒くさいことが好きだな。信玄公と戦は十二日後に控えているぞ」

「ならさ、まだ止められるよな?」


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