漆
「君は残酷な選択肢を用意するのが好きなようだね。でも大丈夫かい? 君は人の死を人一倍恐れているのに」
「心配される筋合いは無いよ。あ、秀吉抵抗しないでね。勢い余って殺しちゃったら無駄死にじゃん?」
そう言うと、鎌に伸びた手が下ろされた。
力を示す為利き手だけ押さえつけているが、おかげで化け物の力を身を持って教えることが出来る。
どんなに力を込めても上にあげることが出来ない手を見やり、秀吉は力を抜いた。
人間を握りつぶすほどの力を持つ秀吉の手を押さえこんでいるんだ。脅威を感じてもらいたい。
首に宛がう鎌は何度も血を浴び続けているというのに、輝きを一切失っていない。
長曾我部と伊達の戦いのときに何百人もの命を吸った鎌は、今秀吉の命を奪おうとギラギラと光っている。
「それにね、私は生き返らせることはできるけど、全ての病や怪我を0にするわけじゃない。証拠に元親や政宗は眼帯をつけたままだったろ。化け物を万能の道具と考えないでほしいな」
化け物として出来るのは大量殺戮だけ。
頬を抓っても痛くない、嗅覚も味覚も死んだ体はこの世界を薄っぺらく感じさせる。
だからこそ殺せるのだ。夢の中のように思わせるから。
半兵衛は小さく肩をすくめる。
ちろりと私を一瞥し、秀吉を見上げた。
「僕が死んで秀吉を生かすのなら喜んで命を捧げるけれど、逆は勘弁だね」
「そっくりそのまま返すぞ、半兵衛。我はそのような戯言は好かぬ」
美しい主従愛。いや、友愛か。
秀吉の命を犠牲にしてまで生きようとしない半兵衛の意思を尊重し、鎌を消した途端、世界が輪郭を見せた。
酒を飲んだわけでもないのに、感覚が引き戻される。
どうして。どうして。何故。どうして。
私の様子がおかしいと気づいた半兵衛が、顔を覗き込んできた。
揺れる柔らかい髪からは香の匂いが。
死んでいる筈の嗅覚が生きている。
顔に触れた手はひんやりと。
死んでいる筈の温感が生きている。
気付いた途端、激痛が右腕を襲った。
半兵衛の手を振り払い、後ずさる。
どうなっているか確認し、後悔した。
体が腐り落ちようとしている。
肘から指先までの皮膚が爛れ、幾重もの皺になっている。
剥き出しになった肉は変色し、異臭を放っていた。
死体のなれの果て。タイムリミットがついそこまで迫っている。
声を上げることも出来ず、右腕を押さえるが、痛みは一向に引く様子は無い。
逆に痛みは増していた。
生きながら体が腐り落ちていく感触。おぞましいまでの苦痛だ。
右腕だけだった腐敗は顔にまで広がり、半兵衛も秀吉も惑っているようだった。
何か近くで喚いているが、何を言っているのか理解できない。
痛みから逃げる方法。
大変な状況だと言うのにそれだけは冷静に判断できた。
感覚はあるのに取りだせた鎌を勢いよく横に薙ぐ。
「殺させてね」